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誠の覚悟
「浅生君…」
「は、はい…」
ホテル。初めて誠は浅生を誘った。浅生は何も知らないからと臆していたが、誠はそれで構わないとなかば強引に連れてきてしまった。
案の定浅生は緊張しているようでガチガチになっている。
「浅生君、その、君はこれまで経験が無いんだよね」
「……はい」
どちらの、と聞かなくとも分かる。どちらもだろう。
「男同士のやり方は知ってる?」
「っ…、その、良く知りません」
泣きそうになっている浅生の身体に誠はそっと寄り添う。
「それじゃあ、男女の知識は?」
「……、やり方だけなら」
真っ赤になってそう言う浅生。何だかいじめているようでいたたまれない気持ちになる。なるべく言葉を和らげて誠は言った。
「そうか。ならそういう意識で大丈夫だよ。僕が女役をやるから」
その言葉に、浅生は妙なものをみる目をした。
「女…役?」
「そう」
誠が男同士のやり方を簡単に説明すると、浅生は信じられないという顔をした。
「俺が、誠さんに…ですか?」
「そう。浅生君が逆が良いならそれでもいいんだけど…」
その言葉に顔色を蒼くする浅生に誠は慌てる。
「ああ、いいんだ。たぶんそうだろうと思ったから」
誠は続けて言う。
「ここに来たのは何も今日しようっていうんじゃなくて、その、浅生君もまだ若いからそういうこともしたいんじゃないかって思って…」
その言葉に浅生はシーツを握りしめてちらりと誠を伺った。
「誠さんは…」
「ん?」
「誠さんは、俺と、その、そういうことしたいと思いますか?」
浅生の計算の無い真っ直ぐな言葉に誠は一瞬虚を突かれた。
「っ…、そう、だね。浅生君がそういう気があるならしたいかな…」
そこまで言ってから、誠は首を横に振った。
「いや、ちょっとずるい言い方だったか」
「?」
「…君としたいと僕は思う。でも、君が望まないならそれでいいと思う。今日は二人のやり方を探って行きたいってそういうことを伝えたかったんだ」
全く知識が無いだろう浅生のために誠は色々と考えていた。だから、そんな誠の様子に浅生は頼もしく思いながらも、一つ思うことがあった。
「誠さんは過去に誰かと…、あ、その、男同士でやったことが…」
結婚し、望という息子がいるのだから、男女の性交は経験済みなことは知っている。でも場をリードしているこの感じからもしやそういう方面での知識がかなりあるのではないかと浅生は思ったのだ。
自分が知らないことを誠はたくさん知っていて、これから自分は彼に身を委ねる。誠を信頼していないわけではないが、未知の世界に飛び込むのは誰でも怖いものだ。
少し表情が曇った浅生を見て、誠は観念したように小さく息を吐いた。
「浅生君」
「……はい」
「僕は、過去に男同士で関係を持ったことはないよ」
「え…」
「その、君とそういうことになるんじゃないかと思って初めて色々調べてみた。こんなこと言うと君が不安がるんじゃないかと思って黙ってようと思ったんだけど…」
ばつが悪そうにそう言う誠に浅生はあっけにとられる。
「だ、だって…女役とか言うから」
さも当然の知識のように誠が言うので、てっきり経験済みなのだと思った浅生。
「それは、その、僕の覚悟というか…本当に君にだったらやってもらってもいいんだ。それを示したかった」
どういうことだとまだ分かっていない様子の浅生に、誠は向き直って言った。
「僕は、君を妻の代わりとして見ているわけじゃない」
「――っ!」
心臓を一突きされたようだった。
「ぁ…」
言葉も無いという様子の浅生に誠は続ける。
「言っておくが、宏美と君は全然似てないし、僕は君を都合の良い女扱いしたいわけじゃない。だいたいね…」
それから宏美について色々と語りだした誠に浅生は苦笑する。
「ノロケですか」
「ああ。宏美は良い女だ」
「美人ですしね」
「ああ。……それに、俺を愛してくれた」
ぽつりと零れた言葉、それが全てだった。
「誠さん…」
「最高の妻で、最高の母親だったよ」
誠の脳裏には在りし日の彼女の姿が、生まれたばかりの望を抱いて笑う姿があった。
「あ゛ー、もうっ!」
急にかぶりを振った誠に浅生は驚く。
「誠さんっ?」
「~っ、今日はかっこよくいこうと思ったのに。くっそー」
頭をがしがし掻いて子供のように悔しがる誠に、浅生は思わず噴き出し、誠はそれに恨めしそうな視線を向ける。
「浅生君、きみ笑ったね」
「す、すみません。嬉しくて…」
「嬉しい?」
訝し気に聞いてくる誠に、
「誠さんが俺のために色々考えてれてたと思うと…なんかすっげー嬉しい」
そう言ってはにかむ浅生に、誠も毒気を抜かれる。誠の煩悶は浅生に好意を持っているから発生していて、浅生はそのことを指して言っているのだから、誠に勝ち目は無いのである。
「あー、もう敵わないな」
「え?」
「浅生君。僕、きみの事すごい好きだ」
確認するようにそう言うと、感嘆の声を漏らす。たまらないというように浅生の背中に腕を回す誠に、浅生は一瞬身体が揺れる。場所柄、また忘れていた緊張が蘇ったのだ。
けれど、誠は言葉通り無理に事を推し進めるつもりはないようだ。そのことに愛しいような少しせつないような不思議な気持ちになる浅生。
「誠さん…」
「ん?」
「…俺、その、誠さんと、もしそういうことをするなら、大切にしたいです」
「え?」
「あと、その、俺も、誠さんには何をされてもいい、かもしれません」
浅生としては誠の誠意に答えたつもりだった。もし誠を抱くにしたら、優しくしたい。そして、怖さはあるけれども誠になら身を任せてもいいのではないか、そんな気にもなったのだ。
「きみ、それすごい…」
誠にとってそれは殺し文句で、やっぱりこの子には敵わないと思う。一回りも年下の青年に翻弄されている、そんな未来が来るなんて全く思いもよらなかった。
浅生に対する愛しさが募っていく誠。焦ることは無い、少しずつ二人のやり方を探って行けばいい。これから一緒の時間を共に過ごしていくのだから…。
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