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17-7
「黄 金 」
「へっ? なんだって?」
「おれの本当の名前」
「へぇ。異国の名か。言いづらそうだな。ほあ……じん?」
「ホアンジン」
「ほあんじん」
黄金はくすぐったそうに嬉しそうに笑いました。
所狭しと吊り下げられたランタンの下。
中庭の石段に座り込んだ二人。
長い足を悠々と伸ばした黄金は、ぷーかぷーか近づいてきたおばけ金魚を優しく撫でてやります。
「ぷぎゅ」
「うお、その金魚鳴くのかよ、初めて知ったわ」
「あなたも撫でてみたら?」
あんまり乗り気じゃありませんでしたが、黄金に言われて意地悪お兄さんは雑な手つきでおばけ金魚を撫でてみました。
「ぷぎゅっ」
不作法な手つきが癪に障ったみたいです、おばけ金魚は意地悪お兄さんに向かってびゅっと水を吐きました。
「うぇっ」
びっくらこいた意地悪お兄さんに黄金は声を立てて笑います。
金色の眼をそっと細め、溢れてくる想いに胸をときめかせ、意中の想い人を遠慮がちに見つめます。
『お前が俺を呼んだんだろ?』
意地悪お兄さんに恋してしまった黄金。
伴侶がいると知ったときはショックでした。
でも、レンタル嫁なんて、黄金自身はそんなこと望んでいませんでした。
本人が言った通り、二人でいられる時間をちょっとでももらえたら、それだけで十分だと思っていました。
でも、いざこうして二人の時間を過ごしてみると。
想いは募るばかりで。
溢れ出すのは独占欲。
でも、時に意地悪お兄さんが見せる淋しげな横顔を目の当たりにして、自分も淋しくなって、そばにいたいのに、離れたり。
他のあやかしに貸し出すような相手にそこまで未練があるのかと口惜しくなったり。
腹の底が疼いたり……。
「……」
所狭しと連なるランタンの妖しげな明かりがひっそり悩める黄金の美男子オーラをこれでもかと引き立たせます。
どこからか何とも切なげな音色をした二胡の演奏も聞こえてきて、音もなく揺らめくランタン、天女の羽衣のように靡く尾鰭、異国情緒がだだ漏れです、そんなムード満点の中で。
「まさかこれ毒じゃねぇよなっ? こいつら毒の水吐いたりしねぇよな!?」
通常運転の意地悪お兄さんです。
おばけ金魚に水を吐かれて焦っている意地悪お兄さんに、黄金は、心から笑顔を浮かべました。
「おい、笑ってる場合じゃねぇよ、本当に毒ねぇのかよ、なぁ」
「まったく、ムードがありませんね」
建物の陰で二胡を奏でていたのは妖虎兄弟の次男、朱でした。
「兄者の演奏はいつ聞いても耳が蕩けそうになる」
そのそばで相変わらず次男に無表情でデレデレな末っ子の琥珀。
緋目乃にレンタル嫁の案を申し出たのは、もちろん、この弟二人でした。
「レンタル嫁といっても期間は特に定められておらず。それならば無期限で借りてもあちらに文句は言えないでしょう」
巧みな弓捌きで二胡を奏でながら朱は言います。
「可哀想な兄様。奪い取ればいいものを、狐の夫を慕う半狐を気遣って本懐を遂げられずにいます。大陸でも上位を競う、猛々しく美しいあやかしでありながら、己の恋心を胸の奥に仕舞い込んで、どこまで健気なのでしょう」
ぽた、ぽた、石畳に雫が落ちます、異界にも雨が降るのかと思いきや、なんと、朱の演奏に感極まったおばけ金魚が涙を落としているのです。
「兄者がそばにいるというのに、狐の夫なんぞを未練たらしく引き摺って、半妖半狐のくせに生意気な奴だ」
琥珀の言葉を肯定するでも否定するでもなく、朱は、扇情的なまでに色づく唇をおもむろに歪めました。
「あれには桃花源 の湯に入ってもらいましょうか」
桃花源の湯とは。
一般客お断り、VIP限定入浴になっている、からくり宿の隠れた秘湯でした。
二胡を弾くのをやめた朱、琥珀はその背中にいつものように寄り添います。
「いい案だ、さすが兄者だ」
「兄様のためです」
「そうだな。兄者のためなら。我が牙も捧げる」
「兄様の幸せは三兄弟の本懐です」
意地悪お兄さんと黄金が健全に戯れている傍らで不健全な戯れにどっぷり浸かる朱と琥珀なのでした……。
ちなみに。
桃花源の湯ですが。
並みのあやかしならば効果てき面、即興奮、即発情、並々ならぬ媚薬成分てんこもりなのでした。
「な、ンだよ、これぇ……? 黄金ぇ、俺の体、どーなってんだぁ……? これ、ただの湯当たりか……? ぜんぶ、燃えそうに、熱くて……苦し……」
「どうして、こんなこと」
「兄様、このままではつらいだけ、この半狐を助けてあげないと」
「さぁ、兄者」
「でも彼には……伴侶が……」
「ほしいと言ったじゃありませんか」
「兎と相談して決めたではないか」
『あの子がほしい』
『相談しましょう』
『そうしよう、兄者』
互いに強く願い合えば巡り会う、巡り愛の宿。
今宵は誰と誰が逢瀬を果たすのでしょう。
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