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第2話

「俺と番にならないか?」 「なりません。」 「ね、私と番になりましょ?」 「やめときます。」 「俺の番にしてやろう!」 「あ、大丈夫でーす!」 ─── 「あっはははははははは!!」 新緑の季節。真新しい制服が少し馴染み、5月の大型連休が明けた頃。 清々しいまでの大笑いが、校庭に響いた。 「笑い過ぎだから!」 「だってー!何人目よ!モテすぎ!」 ひぃひぃ言いながら腹を抱えて笑う友人に、水樹は軽く肘鉄を入れる。 それでもなお笑い転げる彼女をジト目で睨み付けると、大きなため息をついて、自分の首にある忌々しいΩの証をくいと引っ張った。 「まぁ水樹目立つしねー…双子ってだけでも話題になるのに顔も可愛いし、それに水樹はΩでも実家はα家系の大金持ちなんでしょ?α様からしたら番にはもってこいの優良物件だよね。」 「だからって中学入ったばっかのガキに番契約もちかけるなんてショタコンとしか思えない。」 「その口の悪さはどうかと思うけど。」 「俺は今、番より友達が欲しい…」 中学校の入学式を終えてひと月と少し。 水樹は既に両手で足りない数の先輩から番の契約を迫られている。 お陰で性別に寛容なこの学校をわざわざ受験し、折角合格したにもかかわらず、水樹の周りに友人と呼べる人間は少ない。 もともと友人を作るのに苦労するタイプではないし、大勢で騒ぐのも好きなので、入学1ヶ月にして憂鬱な学校生活となっていた。 「みんなの憧れのα様から続々求愛されてやっかみがすごいもんね」 苦笑して水樹の頭を撫でてくれた女子生徒は、そんな水樹の数少ない友人の一人だ。 同学年では唯一同じΩであることから、自然と仲良くなった。 「ま、この奈美様がいるから寂しくないでしょ!」 「いや、龍樹がいればいいんだけどね。」 「このブラコンがぁ…!」 ヒエラルキーの頂点に君臨するα。 マジョリティという強みを持つβ。 どちらも底辺でしかないΩ。 弱者同士が連んでる、などと言う輩もいるが、こういう軽口を叩きあえる相手が一人でもいることは、水樹にとって大きな助けになっていた。 「…そういや、モテるといえばさ。天使様すごいらしいよ。」 「天使様ぁ?」 なにその仰々しい渾名は。 と、続けようと思ったが、その仰々しい渾名がぴったり似合いそうな人物を一人だけ知っていた。 入学式で新入生代表として壇上に上がっていた男子生徒、水無瀬 唯。 見る角度によって金髪とも茶髪ともいえる薄い色の髪に、形のいいアーモンド型の瞳はまるでガラス玉を埋め込んだような色で、抜けるような白い肌は一瞬でその場の雰囲気をものにしていった。 千歳緑のリボンタイは特進科の証。 決して派手な色ではないのに、そのリボンタイがまるで彼のために誂えたかのように似合っていたのをよく覚えている。 その大きめの制服から覗く痩せた手首がまた印象的で、端的に言えば水樹はすっかり彼に魅入っていたのだった。 「ほら、入学式で挨拶した綺麗な男の子いたでしょ?彼、高等部の先輩からも声かかるんだって!高等部なんて接点皆無なのにどこから情報仕入れてくるんだろうね?」 見た目だけじゃない。 入学式してすぐ行われた一斉実力テストでは全教科満点を叩き出して廊下にでかでかと名前が出ていたし、体力テストもかなりの好成績だった。 特進科との接点など、部活動や委員会活動で一緒になるくらいしかないが、嫌でも噂は聞こえてくる。 「声かかるって、あの人αじゃないの?」 「αらしいよ?でもほら、番になれるのはΩだけだけど、恋人にはなれるから」 でもね、と奈美は続けた。 「だーれもお眼鏡にかなわないみたい。まだ恋愛とかよくわからないです、そんな気持ちでお付き合いできませんって断るんだって」 文字通りよりどりみどりなのにね、と。 断り文句までまるで天使のようだ。 なるほど今度真似してみようかと思案したが、今まで散々雑な断り方をしてきた自分ではもう手遅れだ、と悟るのに時間はかからなかった。

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