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第3話
「ねぇねぇ、天使様知ってる?」
自分とよく似た顔は、思い切り眉間に皺を寄せた。
実際に声に出ていなくても、はあ?という言葉が今にも聞こえてきそうなその表情に、水樹は少しも怯まない。
「龍樹、同じクラスだと思うんだけど。」
「ああ…水無瀬のこと?」
「うんうん、やっぱ天使様で通じるんだ。」
龍樹は興味を失くしたのか、再び手元の文庫本に視線を落とした。
相変わらず本より楽しいものがないらしい弟は、件の水無瀬 唯と同じ特進科に在籍している。
水樹とは性別が違いαだが、正真正銘双子の兄弟だ。
「喋ったことある?」
「それなりに。」
「いい人?」
「普通にいい奴だよ、なにどうしたのお前」
「んー…」
背中にのしかかってまとわりつけば、やっと本を閉じてくれる。
明らかに邪魔をしているのに、邪険にされないのをわかっていての行動だ。
いつも一緒にいた。
生まれた時からずっと隣にいた。
それが中学生になって、寮に入って部屋が遠くなった。普通科の水樹は特進科の龍樹と授業時間も違う。
突然大きく距離が開いてしまった気がして、時折寂しくなるのだった。
(…奈美にブラコンって言われても否定できないよなぁ。)
別にいいけど、と。
また龍樹の背中に額を押し付けた。
───
天使様こと水無瀬 唯は、兎角目立つ。
なにせ容姿が容姿なので、あっという間にファンクラブ紛いの取り巻きが出来て、移動のたびに小さな大名行列を作っていた。
まぁあの見た目にあのスペックじゃ当たり前かと遠巻きにそれを眺める日々。
意外だったのが、その水無瀬の隣に大抵弟の姿があったことだ。
龍樹は極度の人見知りで、友達を作るのが下手だった。
大勢で遊ぶのが苦手で、小さい時はいつも水樹の後ろにくっついているような子だったのに、あんな集団の真ん中にいるなんて。
(よっぽどあの天使様と仲良いのかな。)
だとしたらそれは喜ばしいことだ。
水樹は大名行列の中心にあるキラキラ輝く綺麗な色の髪をなんとなく眺めながら、寂しいような嬉しいような複雑な気持ちだった。
(あ、頭撫でられてる)
それを全力で嫌がる龍樹の姿が微笑ましい。
髪質が同じだからわかる、下手に触られると変な方に跳ねるのだ。
(いいなー…)
あんな綺麗な手に触ってもらえて。
水樹はというと、番の契約を持ちかけられる迷惑が漸く落ち着いて、それとともに友達も少しずつ出来た。
陸上部に入って出来た仲間たちとも仲良くやっているし、奈美とも変わらず良い関係を築けている。
地味な嫌がらせを続けてくる幼稚な輩もいたが、それが気にならない程度には充実していたし、何より水樹は割とタフな性格をしていた。
そして中学最初の夏が過ぎて、再び冬服を着るようになった頃。
無残な姿に変貌を遂げたジャージをつまみあげて、水樹は大きな溜息を吐いた。
「わ、久しぶりに派手にやられたね!」
「…ちょっと龍樹んとこ行ってくる。」
「いってらー。」
ひらひらと手を振ると、賑やかな昼休みの教室を後にして一人廊下に出る。
心なしか脚が重い気がして、わざと早足で歩いた。
特進科の教室は然程離れていない。
離れていないがやはり近付けば自分と同じネクタイを締めている生徒は少なくなり、比例してリボンタイを結んでいる生徒が増えてくる。それに若干の居心地の悪さを感じながら、龍樹がいるはずの教室を覗いた。
すぐには見つからない。
きっと、あの窓際の集団の中に、天使様と一緒にいるんだろう。
「あのー…」
「ん?おわ、橘!すげぇ似てる!」
「え!うそ双子ちゃん来てんの!」
「えー!あたしも見たい!」
あっという間に囲まれてしまった水樹は、思わず後ずさった。
二卵性とはいえ双子が珍しいのはよくわかる。だが特進科の生徒というとお勉強第一でツンとお高くとまっているα様集団という勝手なイメージがあったので、その意外なフレンドリーさに押されてしまったのだ。
「君の方がお兄ちゃんなんだよね?」
「Ωなの?性別違うんだ!」
「性別違うんだから二卵性だよね、でもすっごい似てるー!」
質問責めを適当にいなしながらちらりと教室の中を伺うと、少しして漸く目的の弟が出て来た。
予想通り、その隣には天使様。
この時初めて、水樹は水無瀬 唯を間近に見た。
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