6 / 226

第6話

そうして穏やかにゆっくりと仲を深めて、それが少しだけ変わったのは中3の夏。 「なぁ、Ωのオスがケツ濡れるって本当?」 放課後、水樹が部活中に見知らぬ同級生に強姦されたのがきっかけだった。 ─── 水樹は陸上部で長距離を専攻している。 その日いつものようにウォーミングアップを終えて一本走り終えてから、水分を補給しようと一人で部室に戻ったときだった。 グイッとものすごい勢いで部室の向かいの部屋に引きずりこまれて、咄嗟に受け身を取ったものの、中にいた人物にまた引き倒されて、そのまま数人がかりで押さえつけられてしまった。 「すげ、ほんとに捕まった。」 「だーから言ったろ?こいつ一人になんの部活の合間だけだって。」 「やべぇマジでヤれんの?Ωって超いいらしいじゃん興奮してきた!」 などと下卑た会話が聞こえてきて思ったのは、いつから狙われてたんだろ、そんなことだった。 辺りの様子を伺っても逃げ道は見つからない。狭い部屋の中で数人に押さえつけられては、どんなに暴れたって知れている。 隙を見て蹴りでも入れて逃げられたら幸い、と水樹は既に半分諦めていた。 ぼんやりと浮かぶ水無瀬の顔。 清廉潔白、純真無垢、そんな言葉が似合うあの煌びやかな笑顔。 あの人も、性欲とかあるのかな。 いくら水無瀬が人間離れした美貌の持ち主でも、間違いなく人間なのだから性欲がないなんてことはまずないのだけど。 あの美しい人に、そんな欲望は似合わない。 そう思えてきて途端に吐き気がしてくる。既に汚れた自分に。 (…もう、いいか。) 今更か。 そう思ってしまって、水樹はいよいよ抵抗の意思を捨てた。 大人しくしてた方が痛い思いをしなくて済む。発情期でもないから妊娠する危険もほぼない。 早く終わって欲しくて無理やり口に入れられたものに懸命に奉仕すれば、淫乱と罵られるし。 飲まなきゃ殴られるだろうと飲み干せば、まるで犬みたいに扱われるし。 「や、だ…やだ…」 緩く頭を振って弱々しく拒絶の意を示したが、受け入れられるはずもなかった。 (ほんと、いいことない、Ωなんて。) ─── どれくらい経っただろうか。 事が終わって下品な笑いを浮かべながら奴らが去っていったのも、もう随分前のように感じた。 見るに堪えない醜態を晒した自分の姿が映る写真と添えられたメッセージを見て、水樹は溜息をつくしかなかった。 首輪なんてしてるから、犬みたいに扱われるのもなんだか仕方ない気がする。 それでも首輪を外す訳にはいかないし、Ωの自分には結局これがお似合いということだ。 (ちょっと寝て行こうかなー…) 疲れた。 ベタベタの顔も身体も無残に散らばった服もどうでもいい。取り敢えず少し休んで、誰もいない時間になったらこっそり帰れば。 うとうとと重いまぶたを閉じかけたその時、ドアが開く音がした。 ふんわりと仄かに甘い香りがして重くなった瞼を持ち上げれば、神に愛された美貌を携えたその人が僅かに驚きを滲ませてそこに立っている。 「水無瀬…なんで」 なんでこんなとこに、と続けるつもりだったが、喉がつかえて出てこなかった。 水無瀬はゆっくりと室内を見回してもう一度水樹の姿を捉えると、無言のままツカツカと長い脚で歩み寄り、自分の上着をかけてくれた。 水無瀬のフェロモンが一層感じられる。 甘くて、どこか刺激的な。 「立てる?」 差し伸べられた手を取ろうとして、その白い手があまりに綺麗だったから、思わず躊躇した。 その躊躇いに気付いた水無瀬は強引に水樹の手をとって立たせてくれる。 綺麗なその白い手は、ひんやりと冷たかった。

ともだちにシェアしよう!