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第5話
『おじさ、やだ、やめて痛い…』
『だーいじょうぶ、すぐ良くなる…っは、たまんね…』
『あ、あっ!やだ、やだぁ…!』
『なにしてんだよ!水樹!水樹ぃ!』
『邪魔すんなクソガキが…お前に用はないんだよ!』
『やめ、やめてよ、龍樹が死んじゃうよ!』
は
誰か助けて!!
「…まだ2時じゃん…」
時計を見てがっかりした水樹は、再びゴロンと仰向けになった。
早起きというにも無理がある時間だ。
かと言ってこのまま起きて何かする気にもなれないし、何かしたところで朝になってから辛いのは目に見えている。
「久しぶりに見たなー…」
こんな時龍樹なら本でも読み始めるのだろうが、そもそもこの部屋に本などない。
眠気を誘いそうなものなど、教科書くらいか。
「絶対、あの天使様のせいだ。」
はあーあ、と大袈裟な溜息を吐くと、水でも飲もうと布団から這い出る。
冷やしてあったミネラルウォーターを一気に半分程飲み干すといくらか気分が晴れてきて、そのままもぞもぞと布団に潜り込むと何事もなかったかのように眠りについた。
そして翌朝思う。
俺、図太いかも。
───
一度話してみるとそこからは早かった。
思えばこれまで話したことが全くなかったのが不思議なのかもしれない。大の仲良しの弟の一番の友達なのだから。しかも在籍が違うとはいえ、水樹も同学年だ。
今までは同じ校舎の廊下ですれ違ったら、一方的に水樹が遠目に眺めるだけだった。
それが、水無瀬の方から軽く手を振ってくれるようになった。
弁当を持参するようになったら龍樹にも要求されて、そのまま昼食を一緒に取るようになった。
一番は、何故か自販機の前でよく会った。
「…ね、お兄ちゃん10円玉ある?」
「あるけど。」
「貸して!」
「10円くらいあげるよ…」
このときは何故かいつも龍樹がいなくて、あれ、俺いつも10円あげてる気がする…なんて思い始めたのは、既に学年が上がった頃だった。
そしてその自販機の前での逢瀬で、水無瀬の妙な嗜好に気付いた。
「…え、待ってイチゴオレなの?」
「うん、好きなんだ。」
「え、待って昼飯それだよね?」
「うん、甘いもの好きなんだよね。」
と、相変わらずとても綺麗な笑顔をみせてくれるのだけど、その手にあるのはメロンパンとチョコマフィンだ。
(昼食…っていうか…)
年齢的に、特に女子生徒は菓子パンを昼食に当てる生徒はそれなりにいる。
が、飲み物に至るまで甘いものを持っている人間はなかなか見かけなかった。
(ダメだ、理解出来ない…)
基本的に味覚が年寄り臭い水樹には、到底受け入れられない。好物は銀杏。和菓子は食べるが洋菓子は基本的に苦手だった。
───
そうして少しずつ仲が良くなって、龍樹と3人連れ立つことが増えた中学2年。
彼の周りも大分落ち着いたように思えたが、水無瀬はたくさんの隠れファンを抱えていた。
愛想は振りまくけど相手にはしない。
その絶妙な距離の取り方が、水無瀬は上手かった。
そんな中意外に思ったのは、誰も彼を名前で呼ばないことだ。
龍樹が水無瀬と呼ぶから自然と水樹も名字で呼ぶようになっていたが、取り巻きなんかはここぞとばかりに名前で呼びたがりそうなのに。
唯。
とても柔らかくて綺麗な響きで、彼にぴったりだと思っていたが、本人がそれを気に入っていないらしかった。
「女の子みたいで嫌なんだよね…昔からよく間違われてさ」
最近背が伸びて声が低くなって、その頻度が漸く減ってきたらしい。
確かに入学した当初の水無瀬は今よりも細く華奢で声も高く、男とか女とかそういう次元を超越していた。α性、それだけは間違えようがなかったが。
未だに間違えられる水樹には羨ましい限りだ。
水樹に至っては名字なのか名前なのかさえ曖昧なことがあった。
それを伝えると水無瀬は苦笑して、
「それはひどいな、お兄ちゃん苦労するね」
と頭を撫でてくれた。
冷たい手だ。
けれどその手先は柔らかくて優しくて、とても心地良い。
(なんで嫌がってたんだろ、龍樹。)
そういえば龍樹が間違われることはない。
顔はよく似ているのに、あのムスッとした表情のせいか。名前も男とすぐにわかるし、一番羨ましい奴が一番身近にいた。
小さな小さな共通点。
彼の悩みを共感できた、龍樹ではなく自分が。それが、妙に嬉しかった。
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