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エピローグ2
最後に誠司の姿を見たのは、龍樹が入院している病院だった。龍樹の病室の前で父と言い争う姿が、水樹が見た誠司の最後の姿だ。
溌剌とした爽やかな好青年だった誠司が血走った目で髪を振り乱して父に噛み付く姿に、恐怖した。
誠司が水樹を運命だと狂ったように叫んでいたのも、その時だ。
あの時、父は一体なんと言っていたのかは、聞こえなかったから知らない。気にしたこともなかった。
水樹は静かに父の言葉を待つ。
「誠司は、当時大学生で、バイトもしていなかった。誠司が自分で貯めた貯金なんてあってないようなものだったと思う。わかっていて、僕はあの時の事件の慰謝料と龍樹の治療費、そして水樹に今後かかる教育費を請求した。払える訳ないとわかっていたのに、だ。」
番にしてしまったなら、責任を取れと言ったそうだ。
当時9歳だった水樹が自立するまで、金銭を含めた一切の面倒を見ろと。義務教育はともかく、高校も大学も行きたいところに行かせて学びたいことを学ばせてやらなければ許さないと。
「それが出来ないなら…死ねと言った。死んで水樹を自由にしろ、ってね。Ωの水樹がαのお前から完全に解放されるにはそれしかない。水樹を不自由させずに育てて幸せにできる生計を、今ここで示すことなんて出来ないだろうと罵ったよ。」
父は頭を振った。
その後ろ姿からは、積年の後悔がありありと滲み出ている。
水樹は何か声をかけようと口を開いたが、何を言っても余計なことのように感じてカラカラに乾いただけの口を閉ざした。
「本気だった。本気で言ったよ。9歳の子どもを、それも生まれた時から知ってる甥っ子を愛しているなんて、冗談にしても笑えないとも言った。けどね、まさか本当に死ぬとは思わなかった。しかもその日の夜に…なんだかんだと水樹を育ててそこそこに幸せにしてくれるだろうと思っていたのかもしれない。それが運命ってやつで、それが愛ってやつなんだろうってね。」
「運命…」
ポツリと思わず溢れた呟きは、父には届かなかったようだった。
「ゾッとしたよ。本当に死んで水樹を自由にして幸せを願い、それでいて後を追ってきたらあの世で自分が幸せにする、なんて…僕にはとても考えつかない、けど紛れもなくあいつなりの愛の形だったんだ、あの自殺は。」
父はゆっくりと立ち上がり、ぐーっと身体を伸ばした。そして深呼吸すると、空を仰ぎ見る。真っ青な空に白い太陽だけが浮かんでいた。
「あいつを罵ったこと、後悔はしてない。僕は息子たちが大事だったから、弟といえど二人を傷付けた誠司を許せなかった。けど…他に言い方があったんじゃと考えることはよくあるよ。」
父は肩を回して身体をほぐすと、また一つ深呼吸した。
父の話を聞いている間に随分と短くなった線香の香りが微かに漂ってくる。
突然告げられた誠司の捨て身の愛に、水樹は何を言っていいのか分からず俯いた。
「帰ろうか。ばーちゃんが持ってきた芋羊羹も持って帰っちゃおう。多分買い物の帰りに取りに来るつもりなんだろうけど、メールしておけばいいさ。」
黙り込む水樹に、父は明るくそう声をかけて片付け始める。
水樹は立ち尽くしたまま動けずにいたが、手伝いもしない水樹を父は咎めたりしなかった。
「…何が言いたいかってね、水樹。誠司はちゃんとお前を愛していたし、誰よりもお前の幸せを願ってる。水無瀬くんとしっかり幸せになりなさいってことさ。」
車、下に停めてあるから気が済んだら降りておいで。
父はにっこり微笑みながら水樹にそう告げると、踵を返した。
その背中が遠くなる前に、水樹は口を開く。視線は墓標、ではなく、誠司が眠る墓石の下だ。
「お父さん、俺、水無瀬と幸せになりたいとは思ってないよ。」
父が振り返った気配がした。
生ぬるい風がまた一つ吹き抜ける。ひらりと葉が一枚、誠司の墓に舞い落ちた。
「水無瀬と一緒になって例え不幸になったとしても、一緒になったことは後悔しないって思える。そういう人に出会えたことが、誰より幸せだと思うから。」
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