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エピローグ【それも一つの愛の形】
『唯は懸命に私を愛してくれていたのに、私も確かに唯を愛しているのに、私は唯を正しく愛してあげられませんでした。
唯には本当に申し訳ないと思っています。
どうかどうか、唯を幸せにしてあげてください。』
およそひと月が経過した。
厳しい残暑が続いている。
毎日毎日競って声を上げる蝉にうんざりしながら、凶悪なまでの日差しの下、水樹は誠司の墓前に立っていた。
手には水無瀬の母からの手紙。
先日水無瀬と二人で面会に行ったが、生憎面会謝絶でそれは叶わなかった。
が、帰りがけに彼女の主治医に呼び止められたのだ。
手紙を送りたいそうだから、住所を教えて欲しいと。
内容は主治医が一度目を通し、誰の目に入っても問題ないことを確認してから投函することを約束してくれた主治医に、水樹はその場で自宅と寮の両方の住所を教えた。
そしてすぐに届いた手紙に、涙した。
水無瀬は、やはり愛されていたのだと。
水樹は手紙から顔を上げると、誠司の墓石に微笑んだ。
水樹が訪れた時、既に掃除は済ませてあった。恐らく朝早く出かけた祖母だろう。
水樹は不要になった掃除道具を隅に追いやって、がさがさと袋から芋羊羹を取り出した。
「また、ばーちゃんとお供えが被っちゃった。ごめんね誠司叔父さん。いっぱい食べてよ。」
ふふ、と笑いをこぼす。
ここにくる時、いつも暗い気持ちだった。水無瀬とうまくいっていない時が殆どだった。
今日は、明るい報告がいくつもできそうだ。
「叔父さん…俺、水無瀬と結婚するよ。叔父さんのお陰なのかな…あなたの為のお金で、水無瀬が救われたんだ。妙な縁だよね。」
考えれば考えるほど、不思議な縁だ。
既に他界した水樹の運命の番が、間接的に水樹の今の番を助けて未来を築いてくれた。あの金が無かったら、きっとこんなにも全てが上手くいくことはなかっただろう。
ふと、妙な思い付きが頭を過る。
「誠司叔父さん、もしかして、俺のこと幸せにしてくれたの?」
墓石は何も語らない。
うるさい蝉の声がより響いた気がしただけだった。
けれど、どこかで誠司があのおおらかな笑みで当たり前だろと言ってくれた気がした。
「あれ、水樹?」
そんなわけないか、と苦笑してそこに座り込んだ水樹を再び立ち上がらせたのは、聞き慣れた男の声。
水樹は信じられない思いで振り返る。
そこに居たのは、紛れもなく父だった。
「…お父さん…」
「もしかしてお前毎年来てた?お父さん実は初めて…うわ、なにこれ芋羊羹だらけ!」
「あ、ばーちゃんと俺…」
「お父さんも買って来ちゃった!」
「あー…」
もう笑うしかない。
大量の芋羊羹が供えられた墓石を前に、水樹はちょっと写真を撮りたい衝動に駆られた。
父は丁寧に墓石に打ち水をして律儀に線香を上げると、静かに手を合わせた。その横顔は見たことがないくらいに真剣で、水樹はなんだか見てはいけない気がして、そっと目を逸らした。
生ぬるい風が吹き抜ける。
深緑の葉がいくつか地に落ちた時、父は漸く顔を上げた。
「…水樹、一つ教えておかなきゃいけないことがある。」
父は神妙な表情で告げると、墓石の前に座り込み、じっと墓標を見つめた。
水樹からは父の頭しか見えない。
若々しく見える父の頭に数本の白髪を見つけ、水樹はどこか疲れた様子の背中を見せる父も老けたことに気付いた。
「誠司は、お前を愛していたよ。水樹。」
水樹はその告白に目を見開いた。
誠司の胸の内は、これまで少しも分からなかった。当然だ、あのことがあってすぐ誠司は亡くなっているのだから。
愛していると書かれた遺書を読んだものの、それはどこか夢のような嘘のようなふわふわした感覚だった。だれか他人の記憶が残っているような感覚でさえあった。
恐らく、水樹の心がもはやパンク寸前だったから、信じることもできないまま時が過ぎてしまったのだろう。
去年夢の中で話したのだって、所詮夢だ。
父は少しずつ語り出した。
「あの時…誠司を自殺に追い込んだのは、僕なんだ。」
と。
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