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最寄りのコンビニに行ったところまでは水樹は確かに元気だった。にこにこして足取り軽く、早く早くと急かされたくらいだ。 目を離したのは会計を済ませるためのほんの一瞬だけ。 レシートと小銭をポケットに突っ込み、さぁ帰ろうとコンビニから一歩出たとき、その違和感に気付いた。 水樹の様子がおかしい。 鼻歌でも歌いそうな上機嫌だったのに、俯いて一言も喋らない。どうかしたかと声をかけても、ふるふると首を振る。誠司は不審に思ったものの、水樹の方から帰ろうと手を握ってきたので、そのまま来た道をゆっくりと歩き出した。 足取りはしっかりしているし、話を振ればちゃんと返してくる。少しの外出とはいえ、猛暑の中はしゃいで疲れたのかもしれない。 少し時間をかけてようやく家に着き、誠司は水樹と2人部屋に戻ってきた。 部屋に入るなり座り込む水樹。 流石におかしいと思い、その顔を覗き込む。 「おい、大丈夫か?疲れたか?今冷房入れ…えっ!?」 真っ赤な頬。荒い息。 額から滴る汗。大きな瞳に溜まった涙。 「…おじさ…俺なんか、変…」 「横になって待ってろ今なんか冷やすもん持って来るから!」 熱中症かと思った。 近くだからと帽子も被らせないで炎天下を歩かせたのを、誠司は心底後悔した。 「まって、行かないで…!」 という水樹の小さな声は聞こえていなかった。 誠司はバタバタと部屋を出て台所に向かうと、母の姿を探す。が、母どころか父も兄も沙耶香もいない。そういえば帰って来たとき車は無く、玄関に靴は一足しかなかった。小さな靴、あれは龍樹の靴だ。 「くそっ…」 悪態をつきながら、慣れない手つきで冷凍庫に眠る保冷剤やアイスノンを引っ張り出し、タオルに包んで両手いっぱいに抱えて部屋に戻る。 熱中症の対策で大切なことって、なんだっけ。ちゃんと学んだはずなのに、いざという時には全く頭が働かない。 襖を足で開けて部屋に飛び込んで、誠司は両手に抱えた保冷剤やアイスノンを取り落とした。 「…ッ!?」 冷房が効いてきたキンと冷たい空気に充満する、甘い香り。 この香りを、随分前から知っていた。随分前から待ち侘びた。 『その甥っ子、Ωだったりして。』 孝仁のいたずらな微笑みが、記憶の片隅からひっそりと顔を出す。 そんなわけない。 だって父も母も、兄も沙耶香も、そして自分もαだ。家族の誰も彼もがαで、そんな中でまさか水樹がΩなんて。 「せいじ、おじさ…」 そんなわけ、ないと思っていた。 綺麗な花には棘がある。 なんて言葉はよく耳にするけれど、中には棘どころか毒まで持つ花もある。甘美なものに迂闊に触れてはならないのだ。 触れてはいけなかった。 水樹が生まれたときから感じるこの甘く華やかな香りは、安らぎなどではなかった。 「水樹…お前、お前が…」 その正体は、運命という名の猛毒。 ─── ふらふらと吸い寄せられるように水樹の隣にしゃがみこむと、潤んだ瞳の中に獣の顔をした自分が見えた。 水樹の濡れた半開きの唇が、声にならない言葉を紡ぐ。 助けて、というその言葉を、唇を塞ぐことで掬い上げた。 初めて触れた水樹の唇は、甘くて、どこか微炭酸のような刺激があった。痛みのような痺れのようなそれは病み付きになる。 誠司は角度を変えて何度も水樹の小さな唇を食み、舌を絡めてその味を堪能した。 「ん、…ッ、ふぅ…ん…っ、」 小さな身体をびくびくと震わせながら、水樹は懸命に応えてくれる。 キスなんてしたことないだろう。ましてやこんな、舌を絡めるようなキス。 唯一無二の運命の番の、最初で最後のαになれる。 その甘美な誘惑に、誠司は思わずニヤリと口元を歪め歓喜に震えた。 ギュッとTシャツを握りしめて初めての快楽を伴うキスに酔う水樹の身体をベッドに横たえ、Tシャツを捲り上げて滑らかな肌に手を滑らせる。 水樹は熱い吐息と僅かな喘ぎを零して腰を捻った。 「おじさ、なに、なにすん…ッあ!や、なに…ッ!」 薄い身体を彩る突起に指先が触れると、水樹はびくんと身体を跳ねさせた。Tシャツを捲り上げて見れば、白い肌に映える小さなピンク色の乳首がぷくりと主張している。 欲望に抗うことなくそこに齧り付くと、水樹はその白い胸を反らせて快楽を露わにした。 「はぅっ…ぅあ、や…ぁあッ…」 嫌悪からかそれとも生理的なものか、綺麗な涙を振りまきながらも水樹は誠司の頭を自らの胸に押しつけるように髪に指を差し入れてしがみついてくる。 強烈なフェロモンに隠されていた僅かに鼻をつく汗の匂いと子供の肌特有の仄かな甘い匂いを感じて、誠司は背徳感に眩暈を起こしそうになり、ジュッとわざと吸い上げてそこから顔を上げた。

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