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孝仁とはそれっきりになった。同じ大学の同じ学部だから当たり障りのない会話をすることはあっても、二人きりで昼食をとったりましてやベッドを共にすることもなくなった。
いつしか会話も減っていった。
そして寒さが和らぎ、大地に草木が芽吹いて桜の蕾が膨らみはじめた。
誠司は大学4年生になり、教員免許の取得や採用試験の勉強に明け暮れる日々が始まった。
それに比例して家に帰る時間も遅くなり、甥っ子たちと顔を合わさない日もままあった。
誠司はそれに心の底から安堵した。
孝仁を水樹の代わりにしていたことに気付いてから、水樹を平常心で見ているのが精一杯だった。無邪気な笑顔を見る度に、脳裏にチラつく妄想の産物が水樹を汚していく。
罪悪感で頭がどうにかなりそうだった。
それを勉強にぶつけることでなんとか誤魔化し、無事就職したら家を出ようと心に決め、誠司はなるべく不自然にならない程度に水樹と距離を取った。
その努力も虚しく、全てが崩壊してしまう。
それは桜が散って新緑の葉が伸び、日々湿度と温度が上がって蝉が鳴くようになったころ。
夏休みのことだった。
───
「誠司おじさぁーーーん!」
ドタバタと喧しい足音を立てながら、少年特有の高い声で誠司の名を呼ぶ。誠司はその声に少しの怯えを感じながら、すぐ直後にスパンと無遠慮に開けられた襖に視線をやった。
「アイス!買いに行こう!じーちゃんがお金くれたよ!」
どうだ!と言わんばかりに千円札を見せつける水樹に苦笑して、誠司はすぐにその異変に気付いた。
ふわりと漂う甘い香り。
いつも水樹から漂うその香りが、今日は何故か一層強く感じる。
それだけじゃない。
より甘く、より華やかで、より蠱惑的な香りに感じる。頭がぼーっとするような、どこか麻薬的なものさえ感じるその香り。
誠司はそれに思わず舌なめずりしそうになりながら、開いた唇からなんとか言葉を発した。
「…お前、なんか食った?」
「え?食べてないよ、これからアイス買いに行くんだもん。ね、行こ!息抜きに連れ出してやれって言われてるんだから!」
キラキラと光を振りまくような天真爛漫な笑みを浮かべる水樹は誠司の手を取って早く早くと引っ張ってくる。昔よりも大きくなったその手はまだまだ小さくて頼りないけれど、ギュッと強く握っても不安にならない程度には成長した。
そう、こんな風に突然手を引いても、上手に誠司の胸に倒れこんで来られるくらいに。
「わっ!なに!?」
「ん〜…いや、なんでもねぇ。なんかいい匂いすんだよなーお前。」
「なにそれ?誠司叔父さん匂いフェチ?」
「お前どこでそういう言葉覚えてくるんだよ…」
最近水樹は益々口が達者になり、小生意気で少々憎たらしい小学生らしい男子に育っていたが、誠司の胸に頬を擦り寄せて甘えてくるのは昔と少しも変わらない。
そういうところこそ成長してくれたら、もしかしたらこんなにも邪な想いを抱かなかったかもしれないのにという責任転嫁さえしてしまいそうなほど、水樹は甘え上手だ。
誠司はずっと胸の中に閉じ込めておきたいという欲望を抑えつけるため、強引に水樹を引き剥がす。その瞬間にも感じる甘い芳醇な匂い。
「…わかった、行こうぜ。」
「やったぁ!」
折角引き剥がしたのに再び抱き着いて素直に喜びを示す水樹の髪に鼻先を埋めてすんっと匂いを嗅ぐと、堪らない至上の喜びを感じた。
安らぎ、幸福、そして快感。
快感?
誠司は一瞬にして恐怖を覚えて水樹を離すと、そそくさと部屋着の甚平を脱いでTシャツとジーンズを身に付けた。
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