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誠司が大学3年生の冬。 クリスマスを控えた寒い夜の出来事だった。 『発情期来ちゃった。助けて。』 たったそれだけのメールをしてきた孝仁が一人暮らししているアパートに向かい、インターホンを鳴らして、招き入れてもらうと同時に激しいキスをされた。 部屋中に充満するフェロモンに煽られてキスに応え、孝仁に唾液を送り込むと、孝仁はそれを素直に飲み込んだ。 ゴクリと動く喉にあっさりと理性を手放した誠司は、そのまま玄関先で孝仁を抱き、部屋に入ってベッドでも激しく孝仁を求めた。 正気を取り戻したのは、意外にも行為の真っ最中だった。 その日、孝仁のうなじには何故かいつもの黒い首輪が嵌められていなかった。誠司は柔らかく蕩けた孝仁の蕾を欲望のままに突き上げながら、本能のままにそのうなじに噛み付こうとした。 口を大きく開けて歯をむき出しにして、まさに噛み付く直前。 うなじから香るフェロモンに、違和感を覚えたのだ。 「…せい、じ…?」 荒々しいピストンを突然止めた誠司を不審に思ったのか、それとも焦れたのか、孝仁が濡れた瞳で振り返る。 その表情が、どことなく水樹に似ていることに気が付いてしまった。 「…っ、くそ!」 なぜズルズルと付き合い続けていたのか、それは孝仁の隣が居心地良いからだと思っていた。 全然違った。 髪の色は孝仁の方が黒いけれど、髪型は水樹と孝仁はほとんど同じだ。大きな瞳も、しっとりと柔らかい頬も、ふっくらとした赤い唇も。 「あ、やッ!ちょ、激しっ…!っン、あ、あああッ!」 気づきたくなかった。 孝仁を水樹の代わりにしていたなんて。 ─── 「…なんで、首輪してねーの?」 熱いシャワーを浴びて身体から湯気を立たせ、誠司は孝仁に低い声で尋ねた。 孝仁は未だ一糸まとわぬ姿でシーツにくるまっている。激しい情事の残り香を纏ったとろりとした瞳が扇情的だが、ちっとも揺さぶられなかった。 孝仁はらしくないへらりとした曖昧な笑みを浮かべ、僅かに掠れた声でゆったりと話しだした。 「…誠司なら、ちゃんと責任取ってお嫁さんにしてくれるかなって思って。」 でも噛んでくれなかったね。 孝仁は感情の籠らない声で小さく呟き、静かに身体を起こした。 生まれたままの姿を隠していたシーツがストンと細い肩から滑り落ちる。安い映画のワンシーンを何となく流し見ているような、冷めた気分でそれを見ていた。 「気付いてなかったかもしれないけど、俺誠司の他に好きな人いたんだ。」 孝仁のちょっとバツが悪そうに微笑みながらの告白にも、誠司の心は少しも動かなかった。 もしかしたら、今夜孝仁を抱く前だったら少しは動揺したのかもしれない。酔った勢いからのなんとなくの付き合いだったけれど、それでも2年近く付き合っていたはずの男からの告白に。 「実家の隣に住んでるちょっと年上のお兄ちゃんなんだけどね。俺がガキの時お嫁さんにしてくれるって言ってくれたんだ。冗談だったんだろうけど、俺は信じてた。ガキなりに好きだったから。」 孝仁の声は静かで、温度も色もない。表情も僅かに口元が微笑みをたたえているものの、無表情にもとれる機械的な笑みだった。 「結婚するんだって。βの女と。…まぁ、普通だよね。その人もβだしさ…彼女いるのも、知ッ、ふ…」 そこまで言って、漸く孝仁の表情に感情が浮かんだ。 涙という形で。 肩を震わせながら必死に涙を拭う孝仁は、いつもの澄ました姿勢を崩してひどく頼りない。ぼたぼたととめどなく溢れる涙は、孝仁の泣き黒子を伝っては落ち、シーツの色を変えていった。 誠司は孝仁がさめざめと泣くベッドに腰掛けると、しゃくりあげる肩を引き寄せてそっと抱きしめた。 「謝んないよ、誠司を代わりにしたこと…っ、だって、…誠司だって俺のこと代わりにしてたでしょッ…」 孝仁はそう吐き捨てて、誠司の胸で泣いた。 誠司自身気付いていなかったことに、この聡い男はとっくに気付いていた。誰の代わりにされていたのかまでは知らずとも、誠司の目が自分に向いていないことはとっくに気付いていた。 「…ごめん。」 なんと言っていいのか分からず、結局口を開いて出たのは薄っぺらい謝罪の言葉だった。 代わりにしたことを謝りたいのか、噛まなかったことを謝りたいのか、いずれにしても孝仁が謝罪なんて求めていないとわかっていながら。

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