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第58話

 最悪なタイミングで出くわしてしまったものだ。よりによって廉佳と(いさか)いをした直後に、これまた気まずくなっていた泰志と鉢合わせるなんて。 「ど、どこにも行ってない。ちょっと外に出てただけっ」 「それ日本語になってないけど」 「あ、あれ? とにかく、何でもないから!」  泰志の横を通って階段を上ろうとすると、目の前を、風を切る音がするくらいの勢いで彼の腕が横切った。バンッ、と壁に打ちつけられた手から湯気が立っているのではないかと思うくらい重い一撃が行く手を阻む。 「千世にぃってさ、隠し事するの苦手でしょ。俺弟だよ? すぐ分かるって」 「……」  こういう時、自分が弟より背が低いことが悔しくてたまらない。まるで泰志が兄のようだ。  切羽詰まった千世は立ち尽くすことしかできなくて。 「どこ行ってたの?」 「だから何でもないって――」 「廉にぃのとこ?」 「そっ、そそそ、そんなんじゃないよ!」 (うわ……今の、あからさますぎる)  嘘をつけない性分が災いして、口では否定しながらも態度で露骨に肯定してしまった。  泰志は何と言うだろうか。普段はにこやかな彼が無表情で千世の眼を見据えているのが妙におっかない。 (いや待てよ。何で僕がこんなにはらはらしなくちゃいけないんだ?)

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