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後日談2
翌朝、鉄平と志狼は一緒に松吉屋に向かって歩いていた。
「あっ。しろう! もう行列出来てるよ。早く行かなくちゃ」
鉄平は焦って志狼の手を引くが、志狼は大きなあくびをして走ろうとしないので、
「先に行くね」
鉄平は順番を取る為に一人で走った。
「うわっ!」
「あっ!」
ちょうど最後尾に並ぼうとした相手とぶつかりそうになった。
「ごめんなさ……あっ!」
昨日のカップルだった。
「てめぇ! 昨日のクソガキ……!」
男の方が剣呑な雰囲気で言い、鉄平がビクリとしたとき───
「どうした? タマ」
後ろから志狼が来た。
「あ、うん。あの、昨日のカップル……」
鉄平が絡まれたと言っていたカップルだと聞いて、志狼が男を見下ろして睨み付けた。
そして、番犬さながらに恐ろしく低い声で威嚇した。
「おい。こいつに用があるなら俺に言え」
190を超えるガタイの良い志狼のひと睨みで、男は震え上がった。
女の方はウットリと志狼を見上げていたが、男に引きずられるようにして、そそくさと立ち去って行った。
「なんだありゃ。クソガキが」
鉄平は志狼を見上げた。
志狼は強くて、かっこいい。胸がくすぐったく感じて、えへへと笑って志狼のスーツの裾を持った。
その手を志狼は取り、いつものようにキュッと繋いだ。
そうして二人は列の最後尾に並んだ。
今日も奇跡的に最後のひとつを鉄平は手にした。
「あら。昨日の子ね」
「はい。今日も栗羊羹を買いにきました」
「まあまあ、ありがとう……あ! あなた、前園さんの?」
鉄平の後ろに立っていた志狼の顔を見て、奥さんが驚いた顔で言った。
「ご無沙汰してます。志狼です」
志狼がぺこりと頭をさげる。
「まぁまぁ。立派になって。よかったら座って、お茶飲んでいって」
奥さんに促されて、店内にある長椅子に二人は座った。
「あなた。前園さんところの志狼ちゃんよ」
奥から店の主人が顔を出した。
「志狼か! でっかくなったな」
「どうも」
「小さい頃は前園さんと一緒に羊羹買いに来てくれてたのよ。おじいさんにそっくりね。すぐに分かったわ」
奥さんが盆に乗せた緑茶を運びながら、懐かしそうに話した。
子供の頃、志狼は祖父に連れられて羊羹を買いに来ていた。
祖父は店の長椅子に座って、店の主人や奥さんとよく世間話をしていたのだ。
奥さんが「はい、おまけ」と、小さな羊羹をくれていたのを思い出して、志狼も懐かしそうに笑った。
「あ。栗羊羹食べさせたい人って、志狼ちゃん?」
志狼を指差し、奥さんが鉄平に聞いた。
「はい。今、一緒に住んでるんです」
「そうなの」
奥さんは嬉しそうに目を細めて笑った。
「いい子じゃないの。よかったわね、志狼ちゃん。大事にするのよ」
何かを感じたように志狼に言った。ばあさんでも女の勘は鋭いのだ。
「……はぁ」
志狼は少し照れ臭そうに返事をした。
緑茶を飲みながら、昔話に花が咲く。
せっかくだからと、店で栗羊羹を切ってもらい、二人で一緒に食べた。
鉄平はこの店の栗羊羹を食べるのは初めてだが、どことなく懐かしい雰囲気の優しい甘さだった。
end
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