6 / 6
6.【 enter 】side f
その日から、必死の追い上げで成績を伸ばし、これなら入試で落とされることはないだろう、というレベルまで辿り着いた。
予備校からの帰りは深夜になったけど、不思議と身体は辛く無い。
見上げた夜空の月灯りが、あの頃の縁側の時間を思わせる。
……たった1人で見上げている事に違和感が募り、無意識に、二の腕を右掌でさすっていた。
願書提出のため大学へ出向いた俺は、その足で研究棟へ。
襄一さんは、約束通り、単身には広すぎる物件に住み続けてくれている。
「受験の日、遠くの自宅から行くのヤダなあ。その前に引越してもいい?」
「せっかちだね、君は」
引っ越しは結果を見てからにしなさい。と笑われた。
……あとは合格するのみ!!
神様に縋るよりも自分の手で切り拓くのが、俺のやり方。
案の定、両親は『あの襄一さんが講師に!その家に下宿なら安心』と喜び、俺の希望を聞いてくれた。
父さん母さん、隠してる事があるけど許して。
今は俺の一方的な憧れ、片思いだから。
ただ襄一さんの近くに行きたいんだ。
……行きたい、というより、戻りたい、と言う方がしっくりくる。
重ねた日々を身体が覚えているんだ。
昔の一里塚のように、ここから見渡せば、最良の道が見えてくる基準地点。
暗闇の中でも、手探りでも、探ればすぐに辿り着く、馴れ親しんだ場所。それが"ホームポジション"。
この場所から始めよう。そしたらきっと上手く行く。
この先、どんなに迷っても、泣いても、辛くて眠れなくても、迷わず何度でもここに戻ってくる。
だって彼の横こそが、俺のホームポジションなんだから。
(おしまい)
ともだちにシェアしよう!