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 その日から、必死の追い上げで成績を伸ばし、これなら入試で落とされることはないだろう、というレベルまで辿り着いた。  予備校からの帰りは深夜になったけど、不思議と身体は辛く無い。  見上げた夜空の月灯りが、あの頃の縁側の時間を思わせる。  ……たった1人で見上げている事に違和感が募り、無意識に、二の腕を右掌でさすっていた。  願書提出のため大学へ出向いた俺は、その足で研究棟へ。  襄一さんは、約束通り、単身には広すぎる物件に住み続けてくれている。 「受験の日、遠くの自宅から行くのヤダなあ。その前に引越してもいい?」 「せっかちだね、君は」  引っ越しは結果を見てからにしなさい。と笑われた。  ……あとは合格するのみ!!  神様に縋るよりも自分の手で切り拓くのが、俺のやり方。  案の定、両親は『あの襄一さんが講師に!その家に下宿なら安心』と喜び、俺の希望を聞いてくれた。  父さん母さん、隠してる事があるけど許して。  今は俺の一方的な憧れ、片思いだから。  ただ襄一さんの近くに行きたいんだ。  ……行きたい、というより、戻りたい、と言う方がしっくりくる。  重ねた日々を身体が覚えているんだ。  昔の一里塚のように、ここから見渡せば、最良の道が見えてくる基準地点。  暗闇の中でも、手探りでも、探ればすぐに辿り着く、馴れ親しんだ場所。それが"ホームポジション"。  この場所から始めよう。そしたらきっと上手く行く。  この先、どんなに迷っても、泣いても、辛くて眠れなくても、迷わず何度でもここに戻ってくる。  だって彼の横こそが、俺のホームポジションなんだから。 (おしまい)

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