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第5話
(空語り)
「去年は辛かったけど、今は平気。俺だって成長したんだよ。ひーくんは俺の大切な友達で、かけがえのない親友だと思ってる」
「そうか…………」
手に取るような落胆ぶりが見える。ひーくんは『今も好きなんだ』と俺が言うとでも思ったのだろうか。人生はそう思い通りにはならないのだ。
俺はひーくんが好きだけど、煮えきった思いの分だけ焦らしたくてみたかった。
ほんの些細な悪戯心により口が全く反対のことを喋っていた。友達止まりだとは微塵にも思っていない。
「じゃあその子とつきあっているのか」
「その子とは何にもない。大学には恋愛をしようと思えるような人がいないんだ」
俺が答えると、ひーくんはしばし沈黙した。
それで終わりにしてしまっていいのか、今度は喉を鳴らして水を飲み始める。ごくごくと上下する喉仏に見蕩れていると、脱いだTシャツを着るように言われた。
あーもう、これで終わっちゃうのかな……
気にしてくれたのはただの好奇心で、確かに感じたひーくんの好意は気の所為かもしれないと、自信が揺らぎ始める。
もしかしたら、決定的なチャンスを逃したのは俺の方かもしれない。
「いくら暑くても着なかったら風邪ひくぞ。空、そろそろ帰ろうか」
「うん…………分かった」
俺は大人しくTシャツを着た。
脱いでアピールしたつもりの勢いが、人生最大の貴重な瞬間を終えてしまったらしい。
やばいやばいと汗が吹き出し始めた。
何か言わなきゃ、なんて言おうと焦ってしまう。人は焦るとろくなことをしない。
「あ、あのっ、ひーくん…………あっ」
やっぱり好きだよ、それとも、うっそぴょーんがで茶化した方が俺らしかったりするだろうか。
ひーくんを追いかけて境内の階段を駆け足で降りた時に、思いっきりすっ転んだ。
「おーい、何やってんだよ」
「…………いたぁ…………い」
ほんの数段の階段を踏み外して、膝を派手に擦りむく。蹲 る俺に、ひーくんが素早くペットボトルの水で傷を洗い、持っていたハンカチで止血をした。
「もう……空は考え事をしていると、すぐ足元がおぼつかなくなるよな。悩みごとか……?」
「………別に………」
「まあいいや。話したくなったら話せよ。下山ルートは緩い階段になってるから、おんぶしてやってもいいぞ。ほら」
そう言ってひーくんはそっと俺の前に背中を差し出した。
野球部で鍛えた逞しい身体が、俺のためにあったらどんなに幸せだろうかと思ったら、涙が滲んできた。
強がりすぎてしまった。
やっぱり俺にはひーくんしかいない。
ちょっとのことで心配してくれて、いつも側にいるのも、それは彼だからだ。
何があっても、ひーくんだけは絶対に嫌いになれない。
俺は、お言葉に甘えて大きな背中に乗った。
「空は軽いなー。普段何食ってんだよ」
ずんずんと前に進むひーくんに頬を寄せると、お日様と汗の匂いがした。それを思いっきり吸い込んで、覚悟を決める。
「……………ひーくん、あのね………」
ひーくんが好きだって伝えたら驚くだろうか。それでも構わないと、胸いっぱいで溢れんばかりの気持ちを話し始めた。
潮風が心地よく吹いている。
今日が夏でよかったと、心から感謝した。
【おしまい】
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