5 / 5

第5話

(空語り) 「去年は辛かったけど、今は平気。俺だって成長したんだよ。ひーくんは俺の大切な友達で、かけがえのない親友だと思ってる」 「そうか…………」 手に取るような落胆ぶりが見える。ひーくんは『今も好きなんだ』と俺が言うとでも思ったのだろうか。人生はそう思い通りにはならないのだ。 俺はひーくんが好きだけど、煮えきった思いの分だけ焦らしたくてみたかった。 ほんの些細な悪戯心により口が全く反対のことを喋っていた。友達止まりだとは微塵にも思っていない。 「じゃあその子とつきあっているのか」 「その子とは何にもない。大学には恋愛をしようと思えるような人がいないんだ」 俺が答えると、ひーくんはしばし沈黙した。 それで終わりにしてしまっていいのか、今度は喉を鳴らして水を飲み始める。ごくごくと上下する喉仏に見蕩れていると、脱いだTシャツを着るように言われた。 あーもう、これで終わっちゃうのかな…… 気にしてくれたのはただの好奇心で、確かに感じたひーくんの好意は気の所為かもしれないと、自信が揺らぎ始める。 もしかしたら、決定的なチャンスを逃したのは俺の方かもしれない。 「いくら暑くても着なかったら風邪ひくぞ。空、そろそろ帰ろうか」 「うん…………分かった」 俺は大人しくTシャツを着た。 脱いでアピールしたつもりの勢いが、人生最大の貴重な瞬間を終えてしまったらしい。 やばいやばいと汗が吹き出し始めた。 何か言わなきゃ、なんて言おうと焦ってしまう。人は焦るとろくなことをしない。 「あ、あのっ、ひーくん…………あっ」 やっぱり好きだよ、それとも、うっそぴょーんがで茶化した方が俺らしかったりするだろうか。 ひーくんを追いかけて境内の階段を駆け足で降りた時に、思いっきりすっ転んだ。 「おーい、何やってんだよ」 「…………いたぁ…………い」 ほんの数段の階段を踏み外して、膝を派手に擦りむく。(うずくま)る俺に、ひーくんが素早くペットボトルの水で傷を洗い、持っていたハンカチで止血をした。 「もう……空は考え事をしていると、すぐ足元がおぼつかなくなるよな。悩みごとか……?」 「………別に………」 「まあいいや。話したくなったら話せよ。下山ルートは緩い階段になってるから、おんぶしてやってもいいぞ。ほら」 そう言ってひーくんはそっと俺の前に背中を差し出した。 野球部で鍛えた逞しい身体が、俺のためにあったらどんなに幸せだろうかと思ったら、涙が滲んできた。 強がりすぎてしまった。 やっぱり俺にはひーくんしかいない。 ちょっとのことで心配してくれて、いつも側にいるのも、それは彼だからだ。 何があっても、ひーくんだけは絶対に嫌いになれない。 俺は、お言葉に甘えて大きな背中に乗った。 「空は軽いなー。普段何食ってんだよ」 ずんずんと前に進むひーくんに頬を寄せると、お日様と汗の匂いがした。それを思いっきり吸い込んで、覚悟を決める。 「……………ひーくん、あのね………」 ひーくんが好きだって伝えたら驚くだろうか。それでも構わないと、胸いっぱいで溢れんばかりの気持ちを話し始めた。 潮風が心地よく吹いている。 今日が夏でよかったと、心から感謝した。 【おしまい】

ともだちにシェアしよう!