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醜いアヒルの子

中澤未央(なかざわみお) 女の子みたいな名前だけど、一応、男。 二月産まれだから、まだ、一五才だけど、れっきとした高校一年生。 哀しいことに、背が小さいから、中学生にしか見られない。 去年、母が病気で亡くなり、父は喪が明けるとすぐに、交際していた女性と再婚した。 「気色悪い」 その人が、僕の性別が二つあると知り、最初に発した言葉はそれだったーー。 父がいるときは、気持ち悪いくらい優しい。 でも、いなくなると・・・。 下手したら一日中、罵声を浴びせられて。家事洗濯は全部僕の仕事。うっかり忘れるものなら容赦なく叩かれてーーそれが日常の光景。 『マタニティーブルーみたいだから、辛抱してくれ』 父はそう言って、一回りも年の離れたその人を庇っていたけど、最近、毎日のように喧嘩しているから、会話という会話がないかも。 朝から虫の居どころが悪かった彼女は、父が接待のゴルフに出掛けるなり、突然、奇声を上げ、狂った様にわめき散らしながら、僕の持ち物を片っ端から二階の窓から捨て始めた。 こうなったら手の打ちようがない。 彼女が落ち着くのを、息を潜めただじっと待つ他ない。なんで、今日、学校が休みなんだろう・・・なんで、土曜日なんだろう・・・ 悔しくて、泣きたいのを必死で我慢して、捨てられたものを拾い集めていたら、上から、泥水が降ってきた。 ボタボタと髪の毛から、茶色の水が零れ落ちる。 「あっはっは‼まさに、醜いアヒルの子。笑える‼」 彼女は、腹を抱え笑い転げていた。 彼女のお腹の中にいる子にも、馬鹿され、笑われた様な気がして・・・。 悔しくて。 腹が立って。 でも、何も出来ない自分が一番情けない。 きっと彼女を睨み付けると、それが親に対する態度⁉信じられない‼と甲高い声がして、異臭を放つ汚物が降ってきた。 強烈なその臭いに、思わず噎せっていると、高らかに、彼女は嘲笑った。 「出てけ‼お前みたいなゴミ・・・彼は、私とこの子のもの。お前みたいな気色の悪いのに寢取られてたまるもんか」 「だから、それは誤解で・・・」 「まだしらきるの⁉信じられない」 数日前。酔っ払って帰ってきた父が、僕と彼女を間違った。勉強と家事で疲れて、熟睡してて全然気が付かなくて。 起きたら、全裸の父が隣に寝てて・・・。 その後、大騒ぎになったのはいうまでもない。 彼女が怒るのも無理ない。 ごめんなさい。僕が悪いんだ。 一番悪いんだ。 よろりと立ち上がって、よたよたと歩き始めた。 「未央ちゃん、大丈夫⁉」 家を出ると、隣のおばちゃんが心配そうな顔で駆けつけてきてくれた。 「あれだけ喚き散らして。近所迷惑にも程があるわ。警察呼ぼうか。こんな仕打ちされて、我慢する必要ないわ」 「でも・・・」 頭を振った。 「もし警察沙汰になったら・・・お腹の子から母親を奪うことになるから・・・それだけは」 「未央ちゃん‼」 「僕も母を亡くしているから、同じ目には合わせたくない・・・だって、悪いのは僕なんだもの。おばちゃん、携帯を貸して。友達に電話したいから」 僕に携帯を渡すと、おばちゃん何かを取りに急いで玄関に向かった。 今の僕が頼れるの彼しかいない。 幼馴染みのアツ。 鬼頭篤人(きとうあつと)。 電話に出た彼に事情を説明すると、 『分かったよ。すぐ迎えに行くから』 日常茶飯事の事で、彼、全然驚かなくなった。 ごめんね、アツ。 僕のせいで、時間に関係なく呼び出して・・・。 おばちゃんが、濡れたタオルや、バスタオルを両手に抱えて舞い戻ってきてくれて、顔を拭いているうち、目の前に、黒塗りのセダンが急停車した。

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