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新しい命
ここ二、三日、何となくだるくて、微熱も続いていて、佳大さんが、病院へ連れていってくれた。
何故か、近所の診療所でなく、中心部に立地する国立病院に。
「日本人の女医がいるんだ。未央、男の医者、苦手だろ⁉」
だって、興味津々、好奇の目でじろじろと見られるんだもの。あの人を思い出してしまうからなんか嫌。
それに、言葉も通じないし。
「大丈夫、いつものだろ⁉心配することないよ」
佳大さんに付き添って貰って、診察室の前の椅子に座って待っていると、看護士さんが呼びに来た。
佳大さんと、何か、会話してる。
速くて、全然分からない。
「簡単な問診があるみたいだ。一人でも大丈夫⁉」
「うん、だって、同じ日本人だし、女の先生なら・・・」
佳大さん以外の、日本人を見るのは、一か月以上振り。
やっと、言葉が通じる‼
看護士さんに案内して貰い、診察室に入った。
一歩踏み入れて、足が止まった。
何でだろう。足が震えてる。
あの人じゃないのに・・・。
「ん⁉」
あの人と、同じぐらいの年格好の先生は、笑顔で椅子から立ち上がると、僕の手を握ってくれて、
「大丈夫、診察するだけだから、怖くないから」
優しい眼差しを向けてくれた。
(いぬい・・・先生⁉)
『M.INUI』首にぶら下がってるネームホルダーに先生の名前があった。
大丈夫‼
先生は、あの人と違うもの。
診察用のベットに並んで腰を下ろすと、問診をしながら、聴診器を胸や、背中にあてて、僕の話しを聞いてくれた。
「付き添いの方は、お兄さん⁉」
「えっと・・・その・・・夫です・・・」
今にも消え入るような声で、俯いて答えた。
さぞかし、驚かれるだろうと思ったけど、意外にも先生は冷静で。
「この国は、同姓婚が法律で認められてるし、女性は、一五を迎えると、結婚出来るから・・・子供たちの意思には関係なく、家同士、階級同士の繋がりを重視され、親の命令で、好きでもない人と結婚させられて、不幸になる子も多いの。このご時世に、一夫多妻制が認められている国なんて殆どないから。だから、今、憲法を改正するのに議論の真っ只中なの」
「すみません、この国に来たばかりで・・・」
「大丈夫よ、気にしないで。ご主人とは、結婚したばかり⁉」
違う・・・小さく言い掛けて、唇を噛み締め、スボンの生地をキツく握り締めた。
本当は、アツのお嫁さんになりたかったのに・・・。
悔しくて涙が零れそうになり、慌てて、目を擦った。先生は、側にいた看護士さん達に、何かを指示すると、あっという間に診察室からいなくなった。
「つい先日、十三歳の子供が、親に売られて、金持ちのお爺ちゃんの赤ちゃんを産んだの。かなりの難産で、見ているこっちが辛いのに、あれは、ワシの性奴隷だ、女はどうなっても構わない、代わりはいくらでもいる。跡継ぎだけ助けろって・・・って。それがネットで拡散して、その子は、赤ちゃんと共に人権団体に保護されたんだけど、その子と、同じ目をしてるのよ、あなたが・・・日本でもあるでしょ、親の借金のカタに子供に売春させたり、風俗で働かせたり・・・」
「先生、僕は・・・両方の性があるせいで、気色が悪いと親に捨てられたんです。だから、どうしても拒むことが出来なかった・・・好きな人がいても、その人を諦めて、彼の妻になるしかなかった。生きていくためには仕方なかった」
血を吐く思いで、誰にも言えなかった胸のうちを吐き出した。
先生は、何度も頷いて肩をそっと抱き締めてくれた。涙が堰を切ったように次から次にあふれでた。
「夫婦生活があり、生理が来ない・・・だるい、微熱が続いてる・・・詳しい検査をしてみないと分からないけど、あなたのお腹の中には新しい命が宿ってるわ」
「新しい・・・命⁉」
アツとの赤ちゃん⁉
それとも、佳大さんの⁉
どうしよう。嬉しいのか、嬉しくないのか全然わからない。
実感も沸かない。
この僕が、あの人と同じ母親になるなんて・・・信じられない。
どうしよう・・・。
ただ戸惑うしかなかった。
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