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第6話 一夜のあやまち

 酒のせいだ。これは全部、酒のせい。 「あぁっ!あ、あぁっ……んン……ッ!」 「ねえアキ、きみ本当に男は初めてなの?信じられないな……ッ!」  榛名の声に煽られて猛った霧咲の肉棒が、榛名のナカを何度も思い切り穿っている。榛名は行為に対してろくな抵抗もせずに受け入れ、素直に声をあげて感じていた。 「は、初めてっ……あっ、そこ、そこきもちいい……!あっ!」  酒のせい、あるいは霧咲の美貌と、耳元で妖しく囁く声のせいだ。  ホテルの部屋に連れ込まれるなり壁に押しつけられ、食い荒らされるような激しいキスを何度もされた。耳元ではいやらしいことを何度も囁かれて――……酔っぱらった榛名には抵抗する気など微塵もなかった。  むしろ、もっとして欲しいと自分から腰を振って霧咲を求めるほどだ。男と交わるなど、初めてなのに。 「だめっ……そこ突いちゃだめぇ!またイっちゃう……!」  四つん這いの――腰だけを突きだした淫らな体勢を取り、ナカで特に感じる所をゴリゴリと硬い肉棒で抉られて思いきりよがり声を上げた。既に前を触られた刺激で一回絶頂を迎えていた榛名は、もう更なる快楽を求めることしか頭にない。 「ここ?ここがイイの?可愛いアキ、沢山イっていいよ……!」 「あっ、やぁ、あっ、ああっ、きりさきさぁん!」  今まで誰にも呼ばれたことのないあだ名で呼ばれる――それもまた非日常的で、更に榛名を興奮させていた。  ――非日常。  そう、あまりにも非日常的なのだ。  職場では品行方正な顔をして、部下と患者には少し厳しい自分。  『ちゃんと遊んでるの?』と看護師長に心配される自分。  『マジメすぎてつまらないの』と前の彼女に言われた自分。  母親に早く結婚しろとしつこく迫られ、方言丸出しで言い返す自分――。  だけど今は、どの自分でもない。  誰も知らない。  自分でさえも知らなかった。  こんな自分がいたなんて――……。 「あっあッあッ……や、そこ、いいっ!」  榛名の友人は女性の方が多い。そしてその大半は看護学生時代の友人たちだ。  女性だらけの環境に自ら身を置いたのは、また『男が好きなんじゃないか?』と周りから誤解されるのが恐かったからか。それとも、自分がまた男を好きになるのが恐かったからなのか、榛名にはもう分からない。  好きになったのは、男だけ。  でも、付き合ったことがあるのは女だけ。  榛名は決して積極的ではないが、セックスの経験は多い。けれど、今までしたセックスの中でこんなにも感じたことは今までで一度もない。  彼女と酒を飲んで、こんな風に酔っぱらってセックスしたことなどない。榛名は酔ったらするどころか、全く勃たなくなるからだ。それも歴代の彼女にフラれた原因の一つであった。  ――それなのに。 「はぁっ、もっと奥突いて、きりさきさ……あ、あん、あぁっ!」  いまは霧咲に全身をくまなく愛撫されて、痛いくらいに反応している。こんなの、今まで酒を言い訳にして彼女とのセックスを無意識に拒否していたんじゃないかと思うくらい、信じられないことだった。  綺麗な酒を飲んで、脳が痺れるようなセックスをされて――自分がこんな乱れ方をするなんて今の今まで榛名は知らなかったのだから。  もっとも今までは『する方』だったから、当たり前なのだが。 「はあ……君は最高だね、アキ。もう二度と離したくないな……っ!」 「あっ、はなさないで、きりさきさ……っ!もっとシて、さわって、もっと!」 「ああ、何度でもシてあげるよ!」  本名かどうかも分からない、たった数時間を共にしただけのこの男に自分でも知らなかった場所を触られて、暴かれて、狂いそうなほどに感じさせられている。  肌や粘膜を擦り合わせながら、今まで誰も入ったことのない自分の体内に知らない男が侵入しているのだ。  そう思うと、なぜかたまらない気持ちになった。恥ずかしいことなど何もない。  この男に自分のすべてを見てほしい、と思った。 「アキ……、アキ、気持ちいい?俺のイイ?」 「イイっ!すっごい、きもちい……」 「じゃあ……好き?」  ――『好き』……?  自分は今この瞬間、霧咲のことが好きなのだろうか?  考えるまでもなく、榛名は霧咲の背中に手を回して縋りつきながら叫んだ。 「うん、すき、好きっ!おれ、きりさきさんが好き……っ!」  恥も外聞もなくそう叫んだ瞬間、榛名のナカで何かが満たされた気がした。それは榛名の中で枯渇しきっている、頭の中か心の中の、どこか深い部分だった。 「あぁ……アキ、可愛い!俺も君のことが好きだ!」 「アンッ、ぁ、霧咲さぁん……好き……!」  全部、酒のせい。  一夜の夢みたいなものだ。朝になれば、全部終わっている。そうしたらもう二度と、彼と会うことはないのだ。  何度目かの絶頂を迎えたあと、榛名は淀んだ澱の中に沈むように意識を飛ばした。 * 「ん……」  ここは、どこだろう。  肌触りだけで、自分の肌に触れているのは自分の使っている寝具ではないと分かった。それと、ちっとも生活感のない匂い。  目を開けた榛名の目に最初に飛び込んできたのは、自分の部屋には決して存在しないお洒落な間接照明と見覚えのない天井だった。そして、昨夜のことをすべて思い出した。 「痛っ!」  頭が痛い。昨日、飲みなれていないカクテルをガンガン飲みまくったせいだ。多少水は飲んだ覚えがあるが、全然足りずに咽喉がカラカラだった。  それに、腰も痛い。痛いというか、重い。昨日初めて男のモノを受け入れた場所も、少しズキズキして痛かった。  周りを見渡してみたが、誰もいない。じっと耳を澄ませてみても、物音ひとつしない。つまり今この部屋にいるのは、榛名一人だけだった。  あの男――霧咲は、先に帰ったのだろうか。 (本当に……一晩だけの夢だったな……)  何故、自分は少し落ち込んでいるのだろうか。始めから分かっていたことなのに。  男を好きになったことはあっても、恋愛したことはない。そんな未知な世界、のめり込んだら危険すぎることも分かっている。  霧咲は昨日ちゃんとコンドームを使ってくれていたが、男同士のセックスは病気になる可能性も高い。人工透析という血液を扱う仕事をしている榛名は、病気の感染ルートやその危険性を十分に理解している筈なのに。 (検査……した方がいいのかな)  一瞬そう思ったが、すぐにその考えは打ち消した。そんなことをしたら興醒めだ。  酒に酔っていたとはいえ、榛名は自分から霧咲に着いて行ったのだ。本気で嫌だったのなら、ホテルに入る前に霧咲を振り切って逃げることもできたはずだ。  けど、榛名はそうしなかった。それはやはり、心のどこかで霧咲に抱かれてみたいという好奇心があったからだ。  何も考えずに、自分のことを何も知らない――二度と会わない相手と欲望のままに熱い一夜を過ごす。そんな甘く危険な体験を、人生で一度だけでいいから経験してみたかったのだ。勿論同性を相手に、とは考えていなかったが。 「俺って案外、エロかったんだな」  榛名はそう独りごちて、苦笑した。そして、ミネラルウォーターと共にサイドテーブルに置いてあったメモの存在に気付いた。 ×××‐××××‐×××× 仕事で呼ばれたので先に出ます。会計は済ませてあります。 必ず連絡を下さい。霧咲誠人 「……!」  そのメモを見たときの榛名の心境は、言葉では言い表せないくらい複雑なものだった。

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