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第28話 今夜はきみとずっと

「もう少し飲むかい?」 榛名はぶんぶんと首を振る。なんだかもうお酒はしばらく飲みたくない、と思った。 「そう、でも俺は少し飲みたいな」 「はあ」 「もう少し酔っぱらった君も見たいし。そのままの君も十分可愛いけどね、俺としてはもう少し酔わせて君の本音を聞きだしたい」 (選択肢なんて、最初から無いじゃないか) 「近くのホテルのラウンジへ行こうか。酔っぱらったらすぐに寝れるし」 「すぐ寝るんですか?」 「寝たくないの?」 「……寝かせてくれないんじゃないですか」 少し口を尖らせてそう言った榛名に、霧咲はフッと笑った。そして道端なのに榛名の顔を覗きこむようにして、そのとがった唇にチュッと軽くキスを落とした。 「……そういう可愛いことを言われると、俺も我慢ができなくなるから」 「我慢なんてしたことあるんですか?」 「可愛いことを言うのはこの口かな?」 「っ……早く行きましょう、人が見てるから」 榛名はふいっと顔を逸らすと霧咲の手をギュッと握って、道も分からないのにずんずんと歩き出した。先程はテンションに任せて人前でキスした上に抱き合ったのだから、既に羞恥心は薄れてしまっていたのだが。 ――ただ、あそこは特殊な場所だ。ここはノーマルな人も女性同士も普通に歩いている往来なので、誰が見ているかも分からないのだから用心に越したことはない。 「そこ、右に曲がるよ」 「先を歩いてくださいよ」 「君に手を引かれるのはなんだか気分が良くてねー」 霧咲が嬉しそうにそう言うものだから、榛名は握った手を手放せなくなってしまった。 霧咲が榛名を案内したのはラブホテルではなく、ビジネスホテルでもなく、何やら立派な佇まいのホテルだった。 「あ、あの……」 「ん?」 「俺、持ち合わせがあんまりなくて……先にATMに」 「君はそんなこと気にしなくていいよ」 今度は霧咲が前に出て、榛名をグイグイ引っ張りそのホテルの中へ入っていった。ロビーで空室確認し、早々にチェックインしている。榛名は少し後ろの方で、そんな霧咲をぼーっと見ていた。 (遠くから見ても……ちょっと草臥れた格好してても……やっぱりイケメンだなぁ) フロント係の女性はポーッと霧咲に見とれている。夫らしき人物を連れた、年配の女性客なんかも同様だった。 「榛名、おいで」 「は、はいっ」 名前を呼ばれて、榛名は霧咲のところに行った。二人はエレベーター乗り場まで歩き、乗りこんだ。他の客は居ない。 「お部屋、何階ですか?」 「25階だよ」 「わぁ、景色がよさそうですね」 「それより上はもっと景色がいいよ。けど土曜日だからか、生憎いい部屋は全部埋まっていてね」 「25階だって十分高いじゃないですか。俺の部屋なんか6階ですもん」 そう言って、榛名は霧咲に微笑んだ。すると霧咲はまた少し驚いたような顔をして。 「君って本当……」 「え?」 「いや、なんでもないよ」 霧咲がこんな風に言葉を濁すのは珍しいな、と榛名は思った。そして、霧咲はぽんぽんと榛名の頭を優しく叩いて撫でた。子供のような扱いをされて少しむっとしたのだが、その手は自然に榛名の肩に置かれて、そっと頭を霧咲の胸のあたりに抱きよせられたので怒るどころじゃなくなってしまった。 「あ、あの……?」 こんな近くにいたら、また心臓の音が霧咲に聞こえてしまうかもしれない。今まで指摘されたことはないけれど、もし聞こえていたらこの上なく恥ずかしい。霧咲は、いきなりフウ……と息を吐いた。 「参ったな……ラウンジに行くのはもう、よそう。ルームサービスでワインでも頼もうか。榛名、ワインは呑める?」 (え、何が参ったの?) 「あんまり呑んだことはないですけど、いけます。でもいいんですか?せっかくラウンジ目的で来たホテルなのに」 「君が可愛すぎるのがいけないんだ。今夜はもう君を俺以外の誰にも見せたくない」 「は?」 (な、何言ってんのこの人!?) チン、と音が鳴ってエレベーターが止まり、ドアが開いた。榛名は霧咲に肩を抱かれたまま、歩きだす。霧咲は部屋の鍵をカードキーで開けながら、 「今夜はもうずっと、君と二人で居たい」 にこやかにそう言うと、ドアを開けた。そして榛名は再び顔を真っ赤にしたのだった。

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