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第43話 母からの電話

霧咲に求められながら、榛名は考えていた。 「ンッ、ぁっ……」 自分は霧咲のことをほとんど知らない。出身地や家族のこと、どうして医者を目指そうと思ったのか。いつから男が好きだと自覚したのか。過去の恋人とはどうして別れたのか、など――。 「あ、霧咲、さんっ……」 興味ない、と思ってた。そんなの知る必要ない、とも。 「あ、やっ、そこ……!だめ、だめ……」 好きな食べ物はラーメンと、新鮮なお刺身。好きな飲み物はコーヒー。それとカクテル、カミカゼ。好きなものはクルマ。(それと俺、と言われた)嫌いなものは紅生姜とらっきょう。漬物。苦手なものは小動物と雨。誕生日は8月11日、血液型はAB型。 そんな、単純なことは知っているけど。 「霧咲さ……ぁっん……っはっ」 些細な霧咲の情報を一つ知るたび、どんどん霧咲のことを知りたくなっていく。何でもかんでも知りたくなって、知りたくないことまで知りたくなる。 「あ、もっと!ぁっ!んっ」 「可愛いよ、暁哉……もっと感じて」 「ああっ、んぅっ、ふあぁ!」 (もっと貴方のことを教えて、霧咲さん。俺は貴方の全てが知りたい。過去のことも。そして、未来のこと……俺はいつまで、貴方の隣にいられるんだろう?) 榛名は自分のことを女々しいと思ったことは何度もあるが、それは環境のせいだと思っていた。けれど、榛名は抱くよりも抱かれる方が好きだったし、今やもう女性を抱ける気がしない。きっと勃起すらしないだろう。 そんなカラダになってしまって、この先霧咲に捨てられでもしたら、自分はどうなるのだろう。好きだと思って、家族よりも友人よりも霧咲を獲りたくてこういう関係になった。全て榛名が望んだことだ。 けど、もしものことを考えると恐い。 そんな未来を受け止める自信と覚悟なんて、今の榛名には無い。それでも……。 「ほら……暁哉、もっと腰振って。俺のことも気持ちよくして」 「はぁっ、あ、あ、んんっ!こうっ?」 「そう……あぁ、凄く気持ちいいよ!持っていかれそうだ」 霧咲の首にしがみついて、騎乗位で腰をくねらせる。気持ちよさそうな霧咲の顔がたまらなくて、榛名はその唇に思いきり吸い付いた。 「ンッンッ、チュッ!」 「ぁあ、暁哉、そろそろイキそうだ!」 「あ……イッて!霧咲さん、イッて……!」 (ずっと、貴方の隣に居たいよ。俺だけがそう願ってるんじゃないよね?) 腹の中に霧咲の出した熱いものを感じながら、榛名もほぼ同時に絶頂に達した。 * 「……何か考え事をしていたね」 情事が終わり、二人で向き合うようにしてベッドに横たわり息を整えていた。そして霧咲は、榛名の髪を撫でながらそんなことを聞いた。 「何のことですか?」 榛名は霧咲の手が気持ち良くて、目を閉じて自ら頭を霧咲の手に擦り付けるような動きをした。まるで飼われた猫のようなその仕草に、霧咲は思わず笑みがこぼれたが質問をすることはやめない。 「榛名、君は嘘を吐くのが下手だと前に言っただろう」 「……セックスの最中に考えることなんて、相手のことの他に何がありますか」 榛名は目を開けると霧咲を睨みつけた。その顔は赤く染まっていて、別段嘘ではなさそうだが、霧咲は何かが引っかかる。それでもその回答が可愛くて、もう一度言わせたくなった。 「俺のことを考えてたの?」 「だから、そう言ってるじゃないですか」 「俺の、何のことを考えてたの?」 少し具体的になった質問に、榛名の表情が少し硬くなった。じっと榛名の顔を見ていた霧咲はその変化にすぐ気付いて、もう一度聞こうとした。榛名が何か霧咲に関することで悩みを抱えていることは一目瞭然だった。 「それは……」 いきなり遠くからケータイのバイブレーションの音がして、榛名の言葉は遮られた。それはいつも邪魔をする霧咲のものではなくて、珍しく榛名のものだった。 榛名はけだるげな仕草でゆっくりと身体を起こすと、立ち上がってリビングへ行き、震えているケータイを手に取った。すると、いきなり榛名の動きがピタリと止まった。 「……榛名?どうしたの」 不審に思った霧咲もむくっと身体を起こした。が、いきなり榛名がくるっと振り返り、妙に焦った顔で変なことを言い出した。 「霧咲さん、俺がいいって言うまで耳を塞いでてくれませんか」 「は?」 同じ空間にいるのだから、耳を完全に塞いでも榛名の声が全く聞こえなくなるわけもない。 それほど聞かれたくないのなら、普通はトイレに行くなり廊下に行くなりベランダに出たりするものだが、今榛名は真っ裸な上、11月の夜は寒い。だから電話の内容を聞かれるのは嫌だとしても、そこまで拙い相手ではないのだろう。 友達だろうか?いや、友達なら『聞くな』なんて言わないだろう、しかもあんな必死な顔で。だとしたら、昔の彼女だろうか? 「早く!」 「はいはい」 おおかたそんなところだろうと予想して、それでも無視せずに電話に出る榛名が少し腹立たしくはあるが、霧咲は両手を耳に当てたポーズでため息を吐いた。 勿論本気で塞いではいないし、聞くなと言われて聞かないわけもないのだが。榛名は霧咲が耳を塞いだのを確認すると、一度深呼吸をして電話に出た。 「もしもし?なんね、お母さん。……あー、今友達が来ちょっとよ!」 榛名が喋りだした途端、霧咲は思わず噴きだしそうになった。榛名が『耳を塞いでくれ』と言った理由もすぐに分かった。思わず耳から手を離して片手で口を塞いだ。こっちの方がよっぽど危ない。 案の定、榛名は霧咲をギロッと睨みつけた。霧咲は笑って声を出してしまわないように必死だ。しかし、友達が来てると榛名が言った以上、別に声が聞こえても構わないんじゃないのか?と思った。 そしてタオルケットを持って、裸の榛名の背中にそっと掛けてやる。 「今何時と思っちょるとて、別に泊まらせるからいいとよ……高校生じゃないっちゃし。違う、東京の友達よ、男に決まっちょるやろ!は?お母さんが知るわけないやろ!彼女?知らん、結構前に別れたし」 榛名がケータイを少し耳から離した。するとまるでケータイそのものが怒っているような怒号が、霧咲にも聞こえた。 『あんたまた彼女と別れたとね!!結婚するのに一体何年掛けるつもりやと!?お母さん別にできちゃった結婚でも怒らんて言っちょるやろ!ちょっと慎重すぎるっちゃないと!?もう草食男子もそんなに流行っちょらんて職場の若い子に聞いたっちゃけど!!』 「~~っもう切るよ!友達もおるとに恥ずかしいやろ!!」 『その友達もどうせ結婚しちょらんちゃろ!!だからアンタもつられて結婚せんっちゃないと!?』 霧咲は自分の話題になり、思わずぷっと少し噴き出してしまった。口を押えるのも忘れてしまっていた。 「確かにまだ結婚しちょらんけど、お母さんには関係ないかい!大体、失礼やろ!?もう寝る前やかい切るよ!俺のことはしばらくほっといて!もしここに彼女がおったとしても、お母さんがそんな態度やったら裸足で逃げ出すに決まっちょるわ!」 『お母さんのせいにするとや!?』 「違うけど!ああもう頭痛い……」 『暁哉!次彼女と別れたら強制的にお見合いさせるかいね!!』 「誰が行くかっ」 榛名は思いっきり画面をタップして電話を切った。そのままソファーにズルズルと沈みこんで、盛大なため息を吐く。 「はあぁぁ……」 ソファーの後ろでは、霧咲がさっきから声を殺して爆笑していた。

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