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第48話 霧咲の歓迎会
霧咲の講演から2週間後の土曜日、今夜は霧咲の歓迎会だ。
場所は新宿のとある居酒屋で、幹事は有坂と若葉だ。榛名はその日公休だったので、場所が分からないという霧咲と合流して一緒に行くことにした。日勤のスタッフ達は皆一緒に向かうとのことだった。
歓迎会が始まるのは18時半からなので、榛名は新宿駅東口で18時に霧咲と待ち合わせをした。新宿自体あまり慣れていなかったので多少早く着いても構わなかったのだが、少々早く着きすぎたらしくまだ17時半だった。しかし時間を潰すにしても30分は微妙なところだったので、榛名は霧咲の指定した場所で待ってることにした。
一人で突っ立っていると、様々なキャッチセールスに声を掛けられる。
「あのぉすいません、簡単なアンケートなんですけど~」
「急いでるので」
――宗教勧誘。
「貴方は神を信じますか?」
「間に合ってます」
――署名活動。
「世界平和のために署名をお願いします」
「お断りします」
そのたびに少し離れた場所に移動し、また元の位置に戻るということを繰り返した。自分はそんなに騙しやすそうな顔をしているのか、声を掛けられすぎてそれらの対処は慣れきっている榛名だった。(道もよく聞かれるタイプだ)
すると後ろから肩をトントンと叩かれて、今度はなんだと睨みを利かせながら振り返ると、そこには目を丸くした霧咲が立っていた。
「お待たせ。何怖い顔してるの?」
「き、霧咲さ……先生!早いですね」
知り合いに見られていたら困るので、とっさに『先生』と言いなおした。
「君ほどじゃないよ。結構待ったかい?」
「いえ、15分くらいです。でも退屈はしてませんよ、キャッチセールスがいっぱい声掛けてきましたからね」
霧咲の顔を見て笑顔になった榛名は、そのままの顔でそう言った。すると霧咲の眉間に皺が寄った。
「そんなに嬉しそうに言うことじゃないだろ?君はすぐに騙されそうだから心配だよ」
「え?確かに昔はよく騙されかけてましたけど、今は絶対大丈夫ですから!」
「本当?なんて信用できないんだろう」
「ヒドい言い草ですね……」
榛名は軽く霧咲を睨んだ。
「ふふ、じゃあ行こうか。ところで君、場所分かるの?」
「えっと、スマホで一応場所は検索してきました」
霧咲と榛名は、連れ立って居酒屋へと向かった。あまり歩き慣れていない新宿の街で、行ったことのない居酒屋を探すのは結構困難だ。(榛名は無自覚な方向音痴である)結局榛名と霧咲が辿り着いたのは、開始時間を5分ほど過ぎた頃だった。
「あ、榛名主任~!霧咲先生、こっちですぅ~!」
店の前で、迎えに来てくれようとしていたのか、幹事の有坂が手を振りながら待っていた。
榛名は少し小走りで有坂の方へと近付く。
「ごめん遅くなって!道一本間違えててさ」
「いいえー、ちょっと隠れ家チックなお店を選んじゃったので分かりにくかったですよね。先にお酒だけ頼んでますよぉ。主任と霧咲先生も最初は生中で良かったですかぁ?」
「うん、いいよ。霧咲先生もいいですか?」
「勿論。遅れてごめんね」
榛名と霧咲は待ち合わせ時間よりも早く合流したというのに、30分以上も歩き回っていたため、榛名は小声で霧咲に謝った。
「すみません霧咲さん、なんだかいっぱい歩かせちゃって」
「いいよ。焦っている君の姿を見てるのも楽しかったし。それにデートみたいだったしね」
「ちょっ……」
榛名は前を歩く有坂の方を見たが、榛名と霧咲の会話は聞こえていないようだった。
*
広めの個室に、透析スタッフはもう全員が揃っていた。部屋は和風の洒落た作りになっていて、長テーブルの下は掘り炬燵だった。
霧咲はテーブルの真ん中の席に案内され、榛名はその隣に座った。ちなみに霧咲の反対側には奥本医師が座っており、榛名の横にはMEの二宮がいる。
「なんか、えらく男女偏ってません?」
「自然にこうなったみたいですよ。でもほら、堂島は両隣に女性陣です」
榛名の言葉を二宮が拾い、淡々と答えた。
「ああ本当だ、嬉しそうですね……」
二人は仕事中は業務連絡でしか会話を交わさないが、榛名は真面目で寡黙に仕事をこなす二宮のことはわりと気に入っていた。
「だって、霧咲先生は榛名主任が隣じゃないと嫌ですよね?」
端の方に座っていた看護師の若葉が、ニヤニヤしながらとんでもないことを霧咲に聞いた。しかし霧咲はにこっと笑って、こともなげに答えた。
「そうだね、榛名さんの隣は落ち着くから」
「「「きゃ~~!」」」
若葉、有坂、富永が霧咲の言葉に黄色い声を上げて喜んだ。
「何、そのきゃーって……勘弁してよ、もう」
榛名は内心焦りながらも、なんでもない風に答える。一部の女性は男同士のアレコレを見るのが好きだということを知っていたが、(学生時代もクラスに数名いた)実際に榛名と霧咲がそういう関係だと知ったらきっとこんな風には喜ばないんだろうな……と思った。
全員に生中と、呑めない人にはウーロン茶がいきわたり、奥本の乾杯の挨拶で霧咲の歓迎会が始まった。
「霧咲先生、お刺身好きだって言ってましたよね?」
「うん。覚えていてくれたんだね、有難う」
「いえ……」
榛名は、こういうところで霧咲にどういう態度をとったらいいのかがよく分からなかった。仕事中ではないし、かといっていつものように恋人らしくふるまうわけにもいかない。 遠くでは若葉たちがチラチラとこっちを見ているので、間違っても変な言動や行動はとれない。
それと彼女たちの反対方向からは、何故か堂島の視線を感じた。まだ霧咲との関係を疑われているのだろうか……。
「いや~霧咲先生のおかげで、外科の藤野にいちいち頭を下げなくていいからほんっとに助かります、オペしてくださってありがとうございます~!」
「いえいえ。外科と仲悪いんですってね?榛名さんから聞きましたけど」
「いやはやお恥ずかしい、ちょっと色々ありましてね~」
「その色々、聞かせてくださいよ」
霧咲は奥本と医者同士で話し始めて、榛名はホッとした。本当に、いつボロが出るか分からないからだ。隣に座っているせいで、少し手や足が触れるだけでもドキドキしてしまうのに。すると。
「榛名主任、結構お酒強いですよね」
隣の二宮が静かに話しかけてきた。
「え?いやいや、人並みですよ」
「でも、こういう場ではいっつも最後までちゃんとしてるじゃないですか。最初はお酒セーブしてるのかなって思ってたけど、焼酎とかよく呑まれてますよね」
「はは、好きなんですよね焼酎。実家が九州だからかな」
「そうなんですか?俺、鹿児島です。主任は?」
「そうだったんですか?俺は宮崎です」
意外な事実だった。まさか、同じ職場に九州人がいたなんて。二宮とこんなふうに飲み会で話したのは初めてだったので、榛名は今まで知らなかった。
「じゃあビールの後は芋焼酎を瓶で頼んで一緒に飲みませんか?結構いいの揃ってますよ、ここ」
「わあ、いいですね~」
二宮は酒が入ると結構饒舌になるらしい。普段の仕事ぶりからはあまり想像つかない姿だ。
それとも、ずっと自分と話したいと思っててくれたのだろうか。何にせよ、嬉しかった。
すると、トン……と反対から霧咲の足が榛名の足に触れた。
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