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第49話 霧咲の歓迎会②

 榛名はビクッとほんの少しだけ身体を揺らしたが、霧咲の方は見なかった。触れた足はなかなか離れていかなかったので、どうやらわざと当てているようだ。 (え、どうして……?) 「美味しいですね、この刺身」 「え、ええ」  二宮は榛名の変化には気付かず、にこやかに話しかけてくる。すると今度は膝の上に置いていた左手が、霧咲の右手でギュッと強く握られた。 「!?」  かと思えば、ゆっくりと離される。霧咲の指は榛名の手の甲から指先を通り、最後は名残惜しそうにキュッと指先を握って離れていった。榛名は背中がゾクゾクっとして、思わずぶわりと全身に鳥肌が立った。 「榛名主任?大丈夫ですか?」 「え!?いやそのっ、なんでもないです!」  ぼうっとしていたのを二宮に突っ込まれて返す言葉もなく、榛名は誤魔化すようジョッキを掴むと、半分以上入っていたそれを一気に飲み干した。そんな榛名を見て、奥本や富永が珍しい、とでもいうように驚きの声を上げた。 「うお、榛名君いい飲みっぷりだねぇ?」 「わあ、主任がイッキ飲みしてるー!!」 「ぷっはぁ」  霧咲が触れた部分が熱い。ほんの少し触れただけなのに、霧咲の妙に性的な触り方のせいで思わず情事の時のことを思い出してしまいそうだった。そして榛名をそんな目に遭わせた帳本人は、隣でクスクスと楽しそうに笑っている。 「すごい飲み方だね?」 「……早く焼酎が呑みたくて」  睨むわけにもいかないので、榛名は少し不自然な笑いを霧咲に向けた。  そして一時間もすれば、皆最初の席とは違う席に座ってバラけて呑んでいた。霧咲は女性陣達に囲まれて酒をガンガン注がれており、榛名は相変わらず二宮と、そして奥本も加えた三人で仲良く焼酎を呑んでいた。芋焼酎はお湯割りにすれば香りがたつので、『あの辺くさーい!』と女性陣に笑われていた。 「東京の人はあんまり焼酎呑まないですよね。俺も久しぶりに呑みますけど」  榛名が奥本に向かって聞いた。二宮も榛名の言葉にうんうん、と頷いている。 「こっちはどっちかっていうと日本酒だね~、ていうか榛名君に二宮君、よく焼酎ロックで呑めるね!?」 「主任に至ってはもはやストレートですよ。俺には真似できません」 「いや、氷を入れるのが面倒だっただけです」 「そんな面倒ってあります?……にしても主任、酔わなさすぎでしょう」 「顔に出ないだけで酔ってますよ?昔からなんです」  榛名の呑むペースはかなり早かった。二宮は結構イケる口のようだがさすがに目がとろんとしているし、奥本は既に真っ赤になっている。そろそろ水を飲まさないとな、と榛名は冷静に思った。勿論、自分も酔っぱらっているが。むしろ早く酔いたかったのだ。  ……色々と、落ち着かないから。 *  霧咲は榛名と離れた席で呑んでいた。目の前三人、左右もその隣も女性だ。そもそも透析室の男女比は女性の方が圧倒的に多いので、そうなるのも当然といえば当然なのだが。 「霧咲先生、次も日本酒のみますかぁ?」 「それとも榛名主任呼びますか?やっぱり私たちのお酌より榛名主任の方がよさそうですもんねぇ~」 「そうだね、また同じのを呑もうかな……榛名さんも呼びたいけど今楽しそうに呑んでるからね、後からにするよ。それに別に君たちが嫌なわけじゃないよ?」  そんな霧咲のフォローを無視して、酔っ払った有坂が大声で榛名を呼んだ。 「はるなしゅにぃ~ん!霧咲先生がお呼びですよぉ~!」  続いて若葉も。 「主任ってば、何で霧咲先生から離れて呑んでるんですかぁ!?二人はいつもくっついててくださいよ、もぉ~!」 「二人ともいい感じに酔ってるね」  霧咲は笑って突っ込んだ。しかし榛名はいつもなら『何言ってるの!?』と激しく否定するのだが、やはり酔っていたので『そっちが勝手に霧咲先生を連行したんでしょうが~』とブツブツ言いながらも立ち上がっていた。――その途端。 「ぅっ……」  酷い嘔気に襲われ、思わず口を押さえそうになったがグッとこらえて代わりに目を泳がせた。 (やばい、呑みすぎた)  けど、ここで気分が悪いなんてことを言ったり、そんな仕草を見せたら場がシラケる……と思い、榛名は必死に我慢した。どうやら誰にも気付かれていないらしい。少しホッとしながら、作り笑顔で言った。 「ちょ、トイレから戻ったら先生のとこ行くんで、席開けといてください」  榛名はフラつきながらトイレへ向かった。トイレ内は広く個室が二つあり、榛名はその一つに飛び込むと鍵を閉める前に便器に嘔吐した。 「おえっ……!はぁ……げほっげほっ」  吐くまで酒を飲むなんて学生の時以来だろうか。それとも、酒が弱くなったのだろうか。 (情けない……)  霧咲が女性陣に囲まれているのを見て、嫉妬してしまった。単にちやほやされているだけで、本気で霧咲を狙っているスタッフは透析室にはいない。それなのに、男の自分が自ら同じような真似をするわけにはいかないのがなんだか悔しくて、半分自棄で酒を煽った。氷を入れるのが面倒くさかったのは本当だ。他人に迷惑をかけるレベルまでは酔いたくなかったが、嫉妬心を感じなくなるまでは酔ってしまいたかった。  でも、吐いて酒を抜いてしまったのでまた仕切り直しだ。酒がもったいないので、もうあまり呑まないようにするつもりだが……。  突然、榛名の背中をさすってくれる手があった。榛名はそれを霧咲だと思った。 「あ、すいません霧咲せ……」  言葉はそこで、止まってしまった。 「霧咲先生じゃなくてごめんね?榛名君」  榛名の背中を優しくさすってくれていたのは、堂島だった。言い間違いに気付いて、思わず顔が青ざめる。 「堂島君?なんで……」 「ほら、もう吐かねぇの?大丈夫かよ榛名君、真っ青だよ」  青くなったのは堂島のせいなのだが、そんなことを言えるはずもなく。 「う、うん……ありがとう」  全部吐ききったのか、嘔気はもう無くなっていた。堂島はそれを確認すると、榛名の代わりにトイレのレバーを引いて吐物を流してくれた。そして榛名の腕と腰に手をやると、そのまま引っ張り上げて便座に座らせてくれた。なんだか介抱しなれた手つきだ。 「さすがに、無茶な呑み方しすぎっしょ。榛名君てヤケになると酒ガンガン呑むタイプだったんだな」 「別にヤケになってたわけじゃないよ。二宮さんと飲むのが楽しかっただけだし」 「へえ?その割にはチラチラ霧咲先生の方見てたね。先生が有坂ちゃんたちに囲まれてんのが面白くなかったんじゃねぇの?」 「それは、どっちかっていうと君でしょう……」  俯いたままで榛名は答える。榛名の声は落ち着いていたが、内心はどうしようと焦っていた。

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