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第51話 霧咲vs堂島

「さて、これは一体どういう状況なのかを説明してもらおうか、堂島君」  霧咲が低い声で堂島に詰め寄る。霧咲の怒った声は前にも一度ローズで聞いたことがある。榛名があの男に連れて行かれそうになった時だ。  また、恋人ではないと否定してしまった。そして多分それを霧咲に聞かれた榛名は、恐くて顔が上げられない。 再び便器へ座りこみ、身体を縮込ませて堂島にキスされた首の箇所をゴシゴシと擦った。霧咲は堂島に聞いているが、多分視線は自分へ向けられているに違いない。視線が痛かった。 「はあ?ちょっと待ってよ霧咲先生。俺、榛名君に二人は付き合ってないって聞いたよ?なのになんでそんなに怒ってるわけ?もしかしてさー、榛名君の気持ちに気付いて弄んでた的な感じですかー?」 「ち、違うよ!」  堂島にとんでもないことを言われて榛名は慌てて否定した。思わず顔を上げたら、ばちっと霧咲と目が合う。ひどく怒っていると思われた霧咲は、さっきと同じく無表情だった。 (違う、俺は貴方に迷惑をかけたくなくて……!)  そう言いたいのに、言葉が出てこない。 「……何の話だ?」 「はァ?だから榛名君はアンタのことが」 「そこをどけ」  霧咲は堂島の胸ぐらをつかみ、乱暴に個室から追い出した。そして腰をかがめると、榛名の肩にそっと手を置いて優しく話しかけた。 「榛名さん、たくさん吐いたの?気分は大丈夫?」 「えっ……?あ、はい、吐いたらちょっとすっきりしました」 (榛名『さん』?誤魔化そうとしてくれてるのか……?) 「立てそう?お水持ってこようか」 「あ、いえ……、少し休んだら大丈夫なので」  霧咲の優しい声と態度に心底安堵して、思わず涙がこぼれそうになった。けど、ここで泣いたら台無しなのでグッとこらえる。そんな榛名と霧咲の後ろから、堂島が苛立った声を上げた。 「ちょっ……何ごまかしてんだよ!」 「堂島君、君は何か勘違いしてるね」 「はぁ!?」 霧咲は立ち上がると、堂島に向かって言った。 「俺は、榛名さんがなかなか戻ってこないから様子を見に来ただけだよ。そしたら何やら君と榛名さんの声がこの中でしたから少し聞いてみれば、榛名さんは嫌がっているのに君は何をしようとしていたんだ?体調を崩しているのに無理矢理押さえつけていただろう」 「っ……!」 それにしても、いつから聞かれていたのだろう。そこでようやく榛名は自分の身体が震えていたことに気付いた。 「彼は女の子じゃないのに、見境が無いね。それとも嫌がられているのが分からなかったのか?さすがにAVなんかの見すぎだろう」 「はぁ!?決めつけてんじゃ」 「俺はね、技士長と師長と奥本先生に報告したいところなんだよ、堂島君。お世話になっている看護師さんが未遂とはいえ、酔ったMEに乱暴されかけるなんて……結構なコトだ」 「ぐっ……!」 「それとも嗜好が同じ相手ならば、気持ちが無くてもそういうことをしていいとでも思っているのか?」 霧咲の言葉は容赦がない。榛名はこれを言われているのが自分だったら耐えきれないと思う。もっとも酔った相手に乱暴するなんて、榛名にはありえないことだが。 「別に俺はホモじゃねぇよ!ただ、ふざけてただけだっつの!榛名君マジメだからさ、こういうことしたらどんな顔すんのかなって思っただけだし!……あー……ごめんな榛名君、俺、酔いすぎて悪ふざけが過ぎたみたいだわ。正気に戻ったらちゃんと謝るから……今日は帰るね」 そう言った彼は、いつものチャラい堂島だった。それでも榛名には堂島の発した言葉や行動が棘のように胸に深く突き刺さり、いつものように返せなかった。――こんな状態では、何も返せるはずもない。 そして、堂島はトイレから出て行った。 「……榛名」 「ごめんな、さいっ……」 「どうして謝るの?」 榛名自身、何故霧咲に謝っているのか分からない。 呑みすぎたから?でもそれは後で榛名が苦しい思いをするだけで、別に霧咲に謝るようなことではない。 堂島に迫られる隙を与えたから?しかし体調不良が原因だし、そもそも悪いのは堂島だ。 関係を肯定しなかったから?それは、霧咲に迷惑をかけたくなかったからだ。霧咲だって誤魔化していた。 じゃあなぜ、こんなにも涙が出るのか。霧咲に申し訳ない気持ちになっているのか、榛名には分からない。けど謝らなければいけない、と思ったのだ。 「ごめんなさい……」 結局こうなったのは、自分が悪いんだろうと思う。堂島は何故か榛名の気持ちに気付いていた。それは普段からそういう雰囲気を出していたというか、きっと誤魔化しきれていなかったのだ。 有坂や若葉にしてもそうだ。火のないところに煙は立たないというし、きっと榛名の態度がそう見えたのだろう。 隠せていると思っていたのは自分だけだったのがひどく情けない。情けなくて、涙が止まらなかった。 「そんなに泣かないで……みんなのところに戻れないよ」 「先、戻っててください……」 「泣いてる君を置いて戻れるわけないだろう」 霧咲は個室に鍵を掛けると、榛名の腕を掴んで立たせて抱き締めた。 「あ、あのっ……」 急に抱き締められてびっくりして、涙は一瞬止まった。しかし先程とは違う腕の中、それが霧咲のものだと意識すると、安心感からか再びぶわっと涙が溢れてきた。 「恐かっただろう、もう大丈夫だよ」 「うっ……」 どちらかというと、堂島ではなくて怒った霧咲の方が榛名にとっては恐かったのだが、それは言わないことにした。榛名は自分からも霧咲にしがみつくと、声を殺して泣いた。もう戻るのが遅くなっても不審がられてもいい。霧咲から離れたくなかった。 「君は本当に泣き虫……いや、泣き上戸だね」 霧咲はそう言いながら、榛名の頭を優しく撫でる。榛名の髪は子供のようにしっとりとしていた。 「こんなの、貴方に会ってからです!」 「そうなの?それは嬉しいな」 「ほんとに、貴方のせいだ……」 こんなに泣くようになったのも、泣く原因も、 泣かせる相手も、全部霧咲だ。 それと、涙を止めてくれるのも……。 「ほら、そろそろ泣き止まないと脱水起こすよ」 「ンッ……」 霧咲は榛名を少し離すと、濡れた頬をぬぐって、その口に軽くキスをした。 「あ……ダメです、俺さっき吐いて……口そのまんまだから汚いですっ」 さっき堂島に言われたことを思い出した。でもそのおかげで唇へのキスは免れたから幸いだったが。 「汚い?何を言ってるの」 「ンンッ、んぅ……」 今度は、深いキスをされた。嫌がる榛名の口に無理矢理舌を捩じ込み、口内を蹂躙する。グチュクチュ、と卑猥な音を立てながら。 「んふっ……む、チュッ、ヂュプ……ッ」 「……酒と、君の味しかしないよ」 霧咲はニッコリと笑い、いつの間にか榛名の涙は止まっていた。

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