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第52話 お持ち帰り宣言

榛名は赤くなった目を水で洗って、ペーパータオルで拭いた。 「もう、泣いたのわかりませんかね?」 「いいじゃないか、別にバレたって。これからは泣き上戸キャラになればいい」 「そんなの、今まで俺が築いてきたイメージが台無しじゃないですか!」 「んー……(イメージ作ってたのか)」 榛名は霧咲の煮え切らないような返答に首を傾げた。でも今は自分も含めて皆酔っているし、多少目が赤くても誤魔化せるだろう。霧咲と二人で席に戻ると、もうラストオーダーを取っていた。有坂が目敏く榛名を見つけて声をかける。 「あ~主任!どこ行ってたんですかぁ?戻ってくるのおそいですよぉ~!」 「ええと、ちょっと夜風に当たってたんだ」 「あれ?ちょっと目が赤いですよ?」 更に目敏く指摘されて、ギクリとした。 (も、もうバレた……!?) すると、霧咲が助け船を出してくれた。 「二人で話しててね、今まで外科医不在で色々大変だったけど俺が来てくれてよかったって感動して泣いたんだよ、榛名さんは。医者冥利に尽きる話だよね」 「え~!榛名主任、仕事の鬼~!!」 「あははっ……」 なんとかうまい具合に誤魔化せたようだ。霧咲に感謝しなければ……。 「そーいえば堂島くん、先に帰っちゃったんですよ!あのお祭り男が二次会にも行かずにー!!珍しいですよね!」 「そう……なの?」 堂島は、榛名たちのことは何も言っていなかったらしい。言ったとしても窮地に立つのは自分なのだから当たり前だが、榛名はほっと安堵した。 「主任たちはどうされますか?明日休みですし、カラオケ行きましょうよ~っ!霧咲先生も是非!」 その誘いに答えたのは、霧咲だった。 「悪いけど、今日はこれで失礼するね。榛名さんも具合が悪そうだからタクシーで送ってくよ」 「え!?」 (そ、そんな堂々とお持ち帰り宣言する!?) 少し焦ったが、別に男同士であるし何もおかしいことはなかった。 「ええ!?榛名主任、大丈夫ですか?」 有坂の後ろから榛名を心配してくれたのは二宮だった。ずっと一緒に呑んでいたからだろうか。彼だけは、戻ってこない榛名をずっと気にしていたのかもしれない。そう思うと、少し申し訳なく思った。 「いやぁ、さすがに芋焼酎をストレートで飲み続けるのは無理だったみたいで……もう若くないですね」 「俺より年下のくせに何言ってるんですか?あの、主任。今度プライベートでも呑みにいきませんか?結構いい店知ってるんですよ、俺」 「え、っと……」 二宮の誘いを断る理由はない。ないけども、恋人の目の前で簡単に了承するわけにもいかないと思い、榛名は一瞬吃ってしまった。すると。 「え~二宮くん!それ俺も行っていい!?今日焼酎呑んで結構はまっちゃったんだよ~!」 そう突っ込んできたのは奥本医師で、榛名は正直助かった……と思った。 「勿論ですよ。良かったら霧咲先生も行きませんか?」 「いいの?」 「今日あんまり話せなかったので……焼酎が苦手じゃなかったら、是非」 「じゃあ、開拓してみようかな」 社交辞令なのかもしれないが、二宮は榛名と一緒にいる霧咲にも声をかけた。榛名はそんな二宮にますます好感を持った。 「堂島くんもこうやって主任を誘えば断られないかもしれないのに、本当に残念な男ですぅ……」 「奴はまだまだ青いのよ」 有坂と富永が謎の会話をしていた。 そして若葉がタクシーを捕まえてくれて、榛名と霧咲はやや乱暴にタクシーの後部座席に押し込まれた。 「霧咲先生、榛名主任をよろしくお願いしますねっ!」 「うん、無事に家まで送り届けるよ。わざわざタクシー捕まえてくれてありがとう、若葉さん」 「いいえ、お安い御用です!」 若葉の言葉に何か邪なものを感じたが、『考えすぎかな』と榛名は思い、タクシーの窓からスタッフに手を振った。 タクシーの中で榛名と霧咲は一言も喋らなかったが、ずっと手を握りあっていた。お互いの指をしっかりと絡ませ合って。酔っているせいもあるが、先程と同じで霧咲に触れているだけでなんだか身体が熱くなってくる。早くマンションに着いてほしい、と榛名は願った。 * タクシーから降りると、霧咲が乗車代を払ってくれた。榛名は自分も払うと申し出たのだが、電車が走っている時間帯にタクシーで送ると言ったのは自分だからと断られたのだ。医者の霧咲からすれば、タクシー代など痛くもなんともないのだろうけど……エレベーターの中で、榛名は霧咲にお礼を言った。 「すいません、いつもありがとうございます」 「いいから奢られてなさい。こうやってコツコツと君は俺の恋人だよってアピールしたいんだ」 (……アピール?) 「それ、誰に対してですか?」 「勿論、君だよ」 「……?」 榛名には霧咲の言っていることの意味がよく分からない。君は俺の恋人だよ、と恋人自身からアピールされるなんて。少し恥ずかしいけど、ただただ嬉しいことのように思えた。 部屋の前につき、鍵を出してドアを開ける。 「どうぞ、上がってくださ……っ!?」 霧咲を振り返って、部屋にあがるよう促そうとしたが、その言葉は途中で遮られた。

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