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第67話 真冬の最中に
「……っ!」
榛名は開いた口が塞がらなかった。呆然と二宮を見つめたまま、コーヒーを持っていた手が緩んでそれを滑り落とした。
「熱ぅっ!!」
「主任っ!大丈夫ですか!?タオル!!」
弾かれたように二宮が動き、タオルと言いながらもその手は真っ先に榛名のスウェットをズルッと脱がせていた。
「!?」
「あ、いやっその!や、やけどするので!」
「俺、お風呂行ってきますっ」
榛名は熱さを忘れて立ち上がり、下げられたスウェットを乱暴に上げると風呂場へと駆け込んだ。そしてそのまま服の上から勢いよく冷水をかける。
(二宮さんに男と付き合ってるってバレてた!もしかして相手が霧咲さんだってことも……!?)
恥ずかしくてたまらない気持ちになって、榛名は頭から冷水をかぶった。たちまち全身がびしょ濡れになる。12月の真っただ中に冷水を浴びるなんて馬鹿げた行為だが、こうでもしなければこの恥ずかしさは収まらないと思った。
「ちょっ……主任!何やってんですか!?」
様子を見に来た二宮が、慌てて榛名からシャワーホースを奪って水を止めた。
「返してください!」
榛名は二宮に掴みかかった。けれど、身長も体格も榛名より上の二宮は怯まずに榛名を諌めた。
「馬鹿ですか!?このクソ寒い日に……風邪引きますよ!!」
「別にどうなってもいいんですよ、俺なんか!!」
「主任っ……」
「もう帰って……二宮さん、帰ってください!」
職場の人間に泣き顔なんて見られたくなかった。こんな情けない姿を見られるなんて、もってのほかだ醜態を晒して、男が好きだということもバレて……
もはや恥ずかしいのも通り越して、もう二度と二宮とはまともに仕事なんてできないと思って悲しくなった。榛名を襲ってきた堂島にバレるのとはワケが違う。
すると、頭からふわりとタオルが掛けられた。そしてそのまま、ぎゅう、とタオルごと抱きしめられた。
いったい何が起こっているのだろうか。今ここには自分と二宮しかいないのだから、榛名を抱きしめているのは二宮しかいない。榛名の冷えきった身体の体温が、更に下がった。
「は……っ離してください!二宮さん、何やって……!」
「もう水はかぶらないと約束してください。そしたら離します」
「か、かぶりません……かぶりませんから……」
震える声でそう言うと、二宮はやっと身体を離してくれた。そして、がしがしと頭を乱暴にタオルで拭かれた。
「このままじゃ本当に風邪引きます。服を脱いで、熱いシャワー浴びてきてください」
「………」
「それと主任、俺はまだ帰りませんからね」
「……どうして……気持ち悪く、ないんですか」
二宮とも同じ性別である男と付き合っているのに。ただの職場の同僚なのに、榛名がこんな癇癪を起しているところを目の当たりにして嫌になってないのだろうか。榛名は二宮の考えていることが分からない。
「どうしてですって?……そんなの、心配だからに決まってます。ここに居るのが俺じゃなくて有坂さんや若葉さんだったとしても、俺と同じことをしていると思いますよ。こんな状態の主任を放って帰るなんてありえないですから。もう少し職場の仲間を信用してくれませんか?俺は主任を気持ち悪いと思ったことなんて、今まで一度もありません」
「………」
「じゃあ俺は、リビングで待ってますので」
そして、二宮は風呂場から出て行った。
どうして。
どうして。
どうして。
「どうしてそんな、優しくしてくれるんだよ……っ」
榛名は大人しく服を脱いで洗濯機に放り込み、二宮の言うとおりに熱いシャワーを浴びた。コーヒーがかかったところは火傷で少し赤くなっていて、お湯がかかると少しヒリヒリとしたがそんな痛みは些細なことだった。
「うっ……うぅっ……!」
榛名は嗚咽を漏らしながら、長い時間をかけて身体を温めた。
*
シャワーを終えたはいいが、服を何も用意していなかった。取りにいくには二宮のいるリビングを通らなければいけない。
(別にいいか、男同士だし……)
適当にバスタオルを腰に巻いただけの状態で、榛名はリビングへと行った。二宮は驚いた顔で榛名を見たが、なぜか「すみません」と言ってパッと顔を逸らした。まるで女性の裸でも見てしまったかのように。
「別に、男同士なんだから恥ずかしくないですけど……」
「そんなこと言ったら霧咲先生に怒られるんじゃないですか?」
「………」
二宮は少し開き直ったようだ……堂々と霧咲の名前を出している。それは二宮なりの気の遣い方だったのかもしれないが、榛名は少しだけ複雑な気持ちになった
榛名は部屋着に着替えると、再びラグの上に座った。コーヒーがこぼれた部分は、二宮が掃除してくれたようだ。
「ラグ、綺麗にしてくださってありがとうございます……よく染み抜きできましたね」
「こぼれたばかりだったので。トントンしたら取れましたよ」
「ああ、なるほど……」
穿刺や回収のときに血液が飛んでシーツや枕を汚すことがよくあるが、ほんの少量の場合はまるごと交換はせずに、オキシドールを用いて血液を落とす。なので回収後は染み抜きをしている――トントンする、という名称まで付いている――職員の姿をよく見かけるのだった。二宮はその要領でコーヒーの染みも落としたらしい。
榛名は思い切り泣いて熱いシャワーを浴びたら、少しすっきりしていた。開き直りとまではいかないが、今なら霧咲のことを隠さずに何でも二宮に話せそうな気がした
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