80 / 229
第80話 榛名、亜衣乃と会う②
普段全く縁のない小学生女子にじっと見つめられて、榛名は少したじろいだ。霧咲の姪である亜衣乃は、長い黒髪をツインテールにして白のワンピースと赤のダッフルコート、足元は新品の黒いエナメルシューズを履いておりニコニコしていた。
しかし、自分を見つめている榛名に気付いた途端、ご機嫌だったその顔からは笑顔が消え、ムッと不審者を見る目つきで榛名を見つめ返したのだった。
(似てる……親子って言われても疑えないや)
姪とは、ここまで似るものだろうか。亜衣乃は霧咲に似た端正な顔立ちをしていた。不機嫌そうな表情などもそっくりだ。
「この人だれ?まこおじさん」
「亜衣乃、こちらはおじさんの恋人の榛名暁哉君だよ」
「こっ!?」
霧咲の紹介の仕方に、榛名は度肝を抜かれた。亜衣乃もぽかんとした顔で、榛名と霧咲を交互に見ている。
「ちょ、ちょちょちょっと霧咲さん!!将来亜衣乃ちゃんに俺たちの関係がバレたらどうしようとかさっき言ってませんでした!?」
「いや、もうどうでもいいよ。何事も最初が肝心だろうし……後から言って驚かせるより、今言っておいた方がいいと思って。亜衣乃が君を好きになるのを予防する意味も含めてね」
「姪にまで牽制するんですか!?」
どんだけだよ、と思ったのも事実だが、正直に言ってもらえて嬉しいのもまた事実だった。
亜衣乃は突然聞かされたその事実をどうやって受け止めればいいのか分からない、と言った顔で戸惑っていた。なので榛名の方から、亜衣乃に近付いて話しかけた。かがんで、亜衣乃の目線に合わせる。
「初めまして、亜衣乃ちゃん。榛名といいます……。その、誠人おじさんとは……」
「お兄ちゃん、もしかしてお姉ちゃん?」
「いや、男です……」
「!!」
亜衣乃がふらりと後ろに倒れそうになったが、霧咲が後ろから支えた。
「まこおじさんって、男の人が好きだったの!?」
亜衣乃は後ろにいる霧咲を見上げて聞いた。霧咲も亜衣乃の頭にぽんと手を置いて、返す。
「そうだよ。だから女の人と結婚してないじゃないか」
「で、でも恋人はずっといないって」
「うん。だから10年ぶりの恋人なんだ、彼が」
(10年ぶり……?)
それは、榛名には初耳だった。
「え、じゃあまこおじさんって亜衣乃が生まれてから一人も恋人いないの?」
「うん、可哀想だろ?そんなおじさんに久しぶりにできた恋人と仲良くしてくれよ」
「………」
(考え込んでる……そりゃ、そうだよなぁ……、それにしても)
中原という人と別れてからも、霧咲は何人かと付き合ったのだと思っていた。けど、そんな事実はなくて……何故か榛名は、胸がギュッと詰まった。
この感情は、喜びだ。 きっと霧咲は前の恋人と別れた時にものすごく傷ついたのだろうと思う。もう二度と恋なんかしない、と思うくらいに。でも自分と出逢って、手を伸ばしてくれた。捕まえて、逃げても追いかけてきて、もっと本物の恋人同士になれた。
(嬉しい……)
「う~っ、でもまあ、まこおじさんの職場にいる化粧濃い女の人が恋人になるより、素朴なお兄ちゃんの方がマシかも。まこおじさんをよろしくお願いします、ハルナさん。えっと、下の名前はなんでしたっけ?」
「あ、暁哉です」
「よろしく、アキちゃん」
「えっ!?いいの?よ、よろしく……亜衣乃ちゃん」
なんだか小学生とは思えないような納得の仕方だ。それにあっさりと榛名の存在を受け入れている。柔軟な子だな、と榛名は思った。
「さすが俺の姪だな。認めてくれて有難う、亜衣乃」
「だってしょうがないじゃない!まこおじさん、アキちゃんのことすごく好きなんでしょう?亜衣乃に紹介するくらいなんだから」
「ああ、結婚したいと思ってるよ」
さらりと爆弾発言をする霧咲に、榛名はまたブッと噴き出した。
「じゃあまこおじさんは、亜衣乃と結婚する気はハナから無かったってことね」
(え、亜衣乃ちゃんって霧咲さんと結婚したかったの!?)
また新たな事実に榛名は慌てた。それなら自分は彼女にすごく嫌われても仕方ないんじゃないのか――と。
「当たり前だろう。娘みたいな姪と結婚したがる伯父がどこの世界にいるんだ」
「そういう変態ならいると思うわ」
「おじさんを変態扱いしないでくれないか」
「あ、あの……少々目立ってきてるんで、どこか移動してご飯でも食べませんか……」
榛名が姪と伯父のカオスな会話に突っ込み、とりあえずその言葉通り三人は食事を摂ることにした。
空港の中のレストランにて、榛名たちはクリスマスらしく肉を食べている。鶏肉ではなく、牛肉ステーキだが。
「ていうか、まこおじさんとアキちゃん、恋人同士なら二人でクリスマスを過ごしたいんじゃないの?亜衣乃なんかに構ってていいの?っていうか亜衣乃、ものすごーくお邪魔虫じゃないの?」
もぐもぐと肉を頬張りながら、少々憮然とした表情で亜衣乃が霧咲と榛名に言った。
「子供はそんなこと気にしなくていいんだ」
霧咲はナイフとフォークを使って優雅に肉を切りながら、亜衣乃にさらりと返す。
「そうだよ亜衣乃ちゃん。むしろ俺の方が誠人おじさんとのデートの邪魔しちゃってごめんね…?」
榛名もそう、申し訳なさそうに言った。しかし、
「誰が邪魔なもんか。君に居てほしいと頼んだのは俺なんだから」
霧咲に簡単に一掃された。
普通、子どもがいる時は、子どもを一番優先してしかるべきだと榛名は思う。クリスマスに優先されなかったからといって、臍を曲げるわけでもあるまいのに(自分はそこまで女々しくない、と思う)大体、本来なら今夜は夜勤に入っている筈だったのだから。
すると、ステーキを食べる手を止めて、亜衣乃がぽつりと呟いた。
「……ママは……」
「ん?」
ごく小さな声だったので、霧咲はステーキを食べる手を止めて、顔を上げて聞き返した。すると亜衣乃は、今度ははっきりとした声で言った。
「ママ、本当はお仕事に行ってるんじゃないよね。亜衣乃をおじさんに預ける時は、彼氏のところへ行ってるんだよね」
「……えっ?」
予想もしていなかった亜衣乃の言葉に、榛名は思わずたっぷりと時間を置いて聞き返してしまった。霧咲も驚いていたが、すぐにフォローに入った。
「亜衣乃、そんなわけないだろ?ママは」
「いいの、まこおじさん。一緒に住んでるんだからママのことは分かるの」
亜衣乃の視線は、目の前の食事をまっすぐに見つめたままだった。10歳ながら、まるで世の中の全てを悟っているような冷めた表情をしている。
「ママが本当は亜衣乃のことなんて全然好きじゃないのも、邪魔な子だって思ってるのも知ってる……」
(10歳の子が、なんて顔をするんだろう)
部外者の榛名には、楽しい食事の最中にいきなりそんなことを言いだした亜衣乃をおろおろと見つめることしかできないのだが、亜衣乃の気持ちを考えると胸が締め付けられるような思いがした。
ともだちにシェアしよう!