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第101話 余計に恋しくなる

「は……離せっ!!」  榛名は大声で叫び、思い切り男を突き飛ばした。店員は困惑した顔を、男はみるみる表情が怒りに染まっていく。 「な、なんだよ!人がせっかく助けてあげようとしてんのにその態度は!!ちょっと顔が可愛いからって、ケツにオモチャ仕込んで外で感じまくってるド変態が偉そうに相手選んでんじゃねーぞコラ!!」 「えッ!?」  店員が驚いて榛名の方を見る。目玉が飛び出しそうなほど驚いているその顔はコミカルで思わず笑いそうになったが、男の暴言――特にド変態という指摘には返す言葉もない。しかし。 「それでも、知らない人におまえの恋人だと思われるよりかよっぽどましだ!」  変態だろうと相手は選ぶのだ。榛名は、霧咲以外の男なんて死んでもいらない。  結婚してるとかしてないとか。子供がいるとかいないとか。男を部屋に上げてナニをしたとかしてないとか。もう誤解は懲り懲りなのだ。あらぬ誤解に苦しめられるくらいなら、もう全世界に公表したっていい。  自分の恋人は、霧咲誠人というただひとりの男なのだと……。  榛名は男からローションを奪い取り、店員にコンドームとともに渡した。 「それ、くださぃ……っ」  ローターの刺激に耐えながら買い物をするのはあまりにも恥ずかしく、消え入るような声で店員にそう伝えた。すると。 「もう俺が買ったよ」 「えっ!?」  あらぬ方向から聞きなれた声がして、グイッと抱き寄せられた。さっきのこともあり一瞬だけ強い警戒心が湧いたものの、それより先に覚えのある手の感触と匂いに気付いて、榛名は思わず振り返った。榛名を後ろから抱き寄せたのは、霧咲だった。 「な、なんだアンタいきなり……っ」 「この子にオモチャを仕込んでるのは俺なんだ。プレイの邪魔をしないでくれるかな?それと、君程度の男にこの子は着いて行ったりしないから。では店員さん、お騒がせしました」  霧咲はスマートに、しかし辛辣にナンパ男にそう言い返したあと店員に頭を下げて、榛名の腰を抱き直してサッと店の外に出た。 「大丈夫?」 「大丈夫じゃなっ……とめて、機械止めてください!」 「あ、付けっぱなしだったの忘れてた」  霧咲は呑気にそう言って、カチッとローターのスイッチを切った。榛名は黒のスウェットを着ていてよかった、と思う。リングに戒められているとはいえ、榛名の下半身はもうカウパー液でビショビショだ。外に出ると夜風に冷えて、下半身が冷たい。 「さむい……」 「早く家に帰ろう。あっためてあげるからね」 「………」  どことなく霧咲の機嫌がいいのは、榛名の行動をこっそりと見ていたからだろうか。榛名は照れ隠しも含め、霧咲の腕にギュッとしがみついた。その手は無理矢理引き剥がされたりはしない。お仕置きだと言いながらも、霧咲は優しい。単に飴と鞭を交互に浴びせているだけなのかもしれないが、それでも榛名は嬉しかった。  マンションのオートロックを開けて、エレベーターが降りてくるのを待つ。その間もずっと、榛名は霧咲の腕にコアラのようにしがみついていた。 (早く、早く部屋に帰りたい……!)  深夜だが、住民がマンションに帰ってきたり、エレベーターから降りてくる可能性もあるのに今は他に何も考えられない。 「あ、そうだコレ、強さも調節できるんだよ。さっきはずっと『中』だったんだけどね」 「え?」  無人のエレベーターが降りて来て、2人が中に入り扉が閉まった途端。 〈ブブブブ……) 「ひぁっ!?あっ、ああああっ!!」  ローターが更に激しく震えだして、榛名は霧咲の腕に縋ったまま床にペタンと座り込んで泣き叫んだ。 「や、やあああ!止めて!止めてぇっ!」 「立ちなさい、ほら。床汚いから」 「霧咲さんっ!霧咲さ、お願いっ!!」  あまりに強い刺激に涙と涎がダラダラと零れて、服を濡らしていく。しかし霧咲はあくまで冷静な顔で榛名を見つめて、何事もないような態度で手を伸ばし、榛名を抱き起こそうとしていた。 「エレベーターの中は声が響くんだ、深夜なんだから静かにしなさい、いい大人なんだから」  今の榛名にはそんな注意を聞いている余裕はない。 「ひぃっ、いや、止めて、おねがいっきりさきさ、も、コレやだぁっ!」 「しょうがないなぁ」  ローターが動きを止めた。 「はぁっはぁっはぁっ」  霧咲が止めると同時にドアが開いた。しかし榛名はマトモに立って歩ける気がしない。 「ほら、ちゃんと立ってエレベーターから出なさい。部屋はまだ先だろう?」 「あ……っ待って……」 「全く、本当に君はしょうがない大人だな」  霧咲はわざとらしい呆れ顔を作り、榛名を引きずるようにしてエレベーターから引っ張り出した。榛名の腕を肩に抱え、まるで酔っ払いを連れて行くように歩き出す。 「うっ……ひっく……うぅっ……」 「泣いてるの?まるで俺が意地悪してるみたいだな」 (十分意地悪してるよ……)  そう言いたいけれど言葉にはならず、榛名はただ霧咲に抱きかかえられて嗚咽しながら泣いていた。でも泣いている理由は霧咲のせいだけではない。 「ほら、鍵貸して」  震える手をポケットに突っ込み、乱暴に鍵を取り出して霧咲に渡す。霧咲は榛名を抱えたまま片手で鍵を開けて、ドアを開けると榛名を連れて入った。そして榛名を玄関に座らせると、自身はさっさと靴を脱いでいた。 「君は少しここで休んでく?」  その上、こんな状態の榛名を、このまま玄関に置いていく気らしい。そんなの冗談じゃない。 (本当に……冗談じゃ、ない) 「……待って!」  榛名は、リビングに向かおうとした霧咲の足に縋りついた。 「何だい?」  榛名を見下ろす霧咲の顔は、やはり楽しそうに笑っていて。 (ああ、やっぱりこの人は確信犯だ……)  悔しくて、眩暈がした。

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