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第100話 榛名、再び男にナンパされる
ドラッグストアに着き、榛名は霧咲の腕に縋り着いたまま入店しようとしたのだが――
「じゃあ、行ってきなさい」
「え?」
「俺は表で待ってるから、君が一人で買いに行くんだよ」
「な、なんでっ!?」
一人で歩くことすらしんどいのに、しかも買い求めるものはローションとコンドーム。こんなにヨロヨロして、顔を真っ赤にした状態で。
風邪薬を買うならまだしも、店員にどんな風に思われるのかは明白だ。
「いつも俺がどんな思いをして買ってると思ってるの?たまには君が買ってきたっていいだろう」
「そんな!」
それを言われたら文句は言えない。けれど、今は深夜だし店員も男二人だ。身体がこんな状態じゃなかったら、まだ平気な顔をして買えたかもしれないのに。
「これは君へのお仕置でもあるんだからね。早く行きなさい、待ってるから」
「……っ」
もうここまで来て、霧咲に逆らうことは出来なかった。
「他の男に色目を使ったら許さないよ」
「何、馬鹿なこと……」
そう思うのなら、一緒に来てくれたらいいのに。霧咲の考えていることが榛名にはいまいち分からない。
榛名は霧咲に一瞬だけ恨みがましい目を向けて、店内へと足を向けた。
*
(ローションと、コンドーム……)
初めて入る店内で、目的のものを見つけるのは少々困難だった。深夜帯だが店内にはちらほらと客がいて、よろよろと歩く榛名を見ては怪訝な顔をしている。絶対に何かの病気だと思われているに違いない。 いつもは他人を看病する側なのに、少し妙な気分にもなった。
(ああもう、トイレで抜きたい……っ)
異物を取り除いてしまいたくて仕方がない。根本を拘束しているリングも。少し丈が長めのコートを着ているとはいえ、脱いだら勃起しているのは一目瞭然だ。少し前かがみにの姿勢になっているし、分かる人には分かるのかもしれない。
先程店内で目が合った男性客はギョッとした顔をしていたし、さっき道で会ったサラリーマンだってそうだ。
(俺に、色気なんて無いのに……)
霧咲はなぜ、ああまで言うのだろう。ここまでして自分にそれを意識させようとするなんて、少し異常だ。
しかしそれほど愛されていると思えば、霧咲の変態じみた行為も言動も、全てがただの可愛い嫉妬心に思えるから不思議だ。していることは全然可愛くないのだが。
盲目になってるのは霧咲じゃなくて自分の方なのかもしれない、と榛名は思った。
「あのー」
「え?」
さっき目が合った男性客が話しかけてきた。自分と同じくらいの年齢で、いかにも部屋着のようなラフな格好をしている。風呂上がりにふらりと買い物に来たような。
「お兄さん、さっきから体調悪そうですけど大丈夫ですか?よかったら手を貸しましょうか。なんなら帰る時は家まで送って行っても……」
「あ、いえ、大丈夫です。ご心配ありがとうございます」
「何を探してるんですか?風邪薬ならカウンターのところですよ?」
「お、お構いなく。色々、見てるので……」
勃起しているのがバレていたわけではないらしい。純粋に心配されていたのだ。
しかし買うものが買うものなので、他人に手伝ってもらうわけにはいかない。そんなことをしたら、それこそ霧咲の逆鱗に触れるだろう。
榛名は引きつった笑顔で「結構です」という態度を前面に出し、その男からそそくさと離れた。もちろん、すごく緩慢な動きなのだが。
背後にずっと男の視線を感じていたが、気にしている場合じゃない。あんまり買い物が遅くなったら、また霧咲に何を言われるか……。
(あ……あった)
比較的その場所から歩かずに、目的の物を見つけられたのは幸運だった。数多くあるコンドームから霧咲のサイズものと、いつも使っているローションを素早く手に取り、よろよろとレジ方向へ向かった。
(買うものがこれだけじゃいかにもって感じで恥ずかしいけど……多分もうこの店には二度と来ないからいいかな)
そう思った途端。
〈ブブブブ……〉
「アッ!?」
榛名のナカにあるローターが、いきなり振動しだした。あまりにも突然で、榛名は商品を落として床に膝を着いて前のめりになった。
(やっ……!ほんとに、こんなとこで!?)
「や、あぁ……あ、あっ……」
ローターから伝わる振動のあまりの気持ち良さに声が我慢できず、手で口元を押さえ込んだ。しかし自身は拘束されたままなので、ギチギチと苦しさをどんどん増していく。
そして床に落としたローションはコロコロと前方に転がっていき、誰かの足に当たって止まった。
「あの、落としましたよ」
「……っ」
拾ってくれたのは、先程榛名に声を掛けてきた男性客だった。榛名は自分が買おうとしたものがバレた恥ずかしさに顔が上げられない。
(嫌だ……もう、恥ずかしすぎて死ねる!)
このままガラスを割ってでも外に飛び出したい、と思った。
「あの、大丈夫ですか、起き上がれます?」
男は榛名の近くまで来て跪き、顔を覗き込んできた。榛名は口を開けたら変な声が出そうで、ただ男に手をかざしてこっちに来るな、という意思表示だけを示した。
しかし男には伝わらなかったらしく、その手をグイッと引っ張られて立たされた。耳元で、他の客に聞こえないくらいのボリュームで囁かれる。
「アンタ、さっきからだだ漏れてる色気がやべぇんだよ……何かオモチャでも仕込んでんの?買おうとしてるモンもアレだし。なぁ、1人なら今から俺んちでヤらない?ぶっといの今すぐケツに入れて突いて欲しいんだろ?」
「……っ!」
思わず全身に鳥肌が立ち、反射的に手が出て男を思い切り突き飛ばした。しかしその反動で榛名はもう一度床に座り込んだ。
「んぁっ!」
座り込んだ衝撃でますますローターがナカに入り込み、前立腺を刺激して変な声が出た。
その声と騒動が聞こえたのか、パタパタと足音がして店員が来た。
「お客様、どうなされました!?」
しかししゃがみこんでいる榛名とその男を見て――その手に持っている物も見て――どうやらゲイカップルが痴話喧嘩をしてると瞬時に判断したらしい。
「えっと、店の中でそういうことは……」
「す、すいません!コイツが……ハハッ」
男が榛名を引き寄せて、まるで恋人のように肩を抱かれた。
「!?離っ」
「いいから話合わせろよ、アンタもこれ以上恥かきたくないだろ?」
触れられているのは勿論――恥をかくよりも、見知らぬ人間にすら誤解されたくない、と思ったのは生まれて初めてだった。
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