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第99話 初めての玩具②
思わず榛名は蒼くなって後ずさった。
「じょ……冗談、ですよね?」
さっきまで固かった自身も少し萎えてしまうほど、引いてしまっている。
「え、何が?」
霧咲は榛名の態度などお構いなしに、うさんくさい笑顔を貼りつけてじりじりと距離を詰めてくる。その顔を見て、榛名は諦めにも似た感情を抱いた。
(ああ、この人確信犯だ……)
ローションやコンドームが無いのも霧咲の計算の内で、きっと初めからセックスの途中で買いに行く予定だったに違いない。榛名が射精できないようにコックリングで根元を拘束し、ローターを挿れて。お仕置だなんだと言っているが、今夜は最初からそういう趣向だったのだ。
(本気で怒っている風だったけど、もしかして演技だったのかな?)
「さあ、お尻をこっちに向けて四つん這いになってごらん」
霧咲は容器に残ったわずかなローションを手のひらに出しながら催促した。
「……」
「榛名、早くしなさい」
また、苗字で呼んだ。霧咲はこの行為をやめるつもりも、榛名に逆らわせる気もないらしい。名前を呼ばれないだけで言うことを聞いてしまう自分も大概だと思うが、嫌なものは嫌なのだ。
「わ、かりました……だから」
「うん?」
「名前で、呼んで欲しいです……」
榛名は覚悟を決めて霧咲の方に足を向けると、ゆっくりと犬のような体勢を取って腰を高く上げた。霧咲の視線に晒されるだけで軽くイけそうなのに、リングがそれを許さない。
「ふふ、いい子だね……暁哉」
「あっ……やぁん……!」
指とも肉棒とも違う、ローションにまみれた異物が榛名のナカにグッと入り込んできた。
「あ、あ、これやだ……!」
榛名が泣き言を言っても、霧咲は手を止めず奥までグイグイと押し込んでくる。
「ひっぅ……なんか、気持ち悪い」
「ほら、立って服を着なさい。買い物に行こう」
「ほんとに、コレ入れたままで……?」
榛名は半泣きでお尻を押さえながら霧咲に尋ねる。霧咲は爽やかな笑顔でそうだよ、と言った。
「そうだよ。大丈夫、俺も一緒に行ってあげるからね」
「………」
もしかしたら最初は一人で行かせる気だったのかもしれない。女性ではないので夜道が恐いことはないが、こんな状態で夜放り出されるのはさすがにキツイ。感謝するようなことでもないのに少し優しいと思ってしまう自分は、やはり毒されていると思った。
「行く前に、ちょっと試しにスイッチ入れてみようか。遠隔操作できるんだよ」
「え?……っひあぁっ!?」
それは不意打ちすぎた。榛名はのっそりと上半身を起こしていたが、突然震えだしたローターにびっくりしてまた前のめりに倒れてしまった。
「あ!あ!やめて、止めてぇッ!!」
バイブは緩い一定の動きで前立腺の周囲をゴリゴリと攻めたてる。榛名は目の前のシーツをかき集めて悶え叫んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
バイブの振動が止まった。こんな玩具なんかに感じたくないのに、嫌でも感じてしまう自分に嫌悪感がした霧咲の指、霧咲のモノだけでいいのに……。
そんな榛名の気持ちを見透かしたのか否か、霧咲は笑いながら意地悪く言った。
「ははっ、すごいな。君、コレとバイブがあればもう俺のなんか必要ないかもね?」
「ぅっ……それはやだ!も、これ抜いてください!リングも!」
無駄だと分かっているが、それでも榛名はもう一度霧咲に頼んだ。しかし、やはり非情に返される。
「それはダメ。ほら、立ちなさい。君はそのまま俺と買い物に行くんだ。それで自分が周りから一体どんな目で見られているのか、その目で確かめてみろ」
「え?」
「そしたら俺がこんなに心配している理由が分かるだろう」
「……」
榛名は霧咲のことを、大袈裟だと思っている。過去のことを含めて……恋人の榛名に対して盲目になりすぎているのだ。自分が他の男にもモテるなんてありえないのに。
しかし言うとおりにしないと霧咲は安心してくれないだろうし、行為も先へも進まないだろう。榛名は震える腕を伸ばして身体を起こし、しがみつくようにクローゼットを開けて、適当な服を引っ張り出した。服を着ることしか頭になくて、下着を履くことを忘れていた。
「せめて腕は貸してください……」
「いいよ」
榛名は霧咲の腕にしがみつきながらよたよたと歩いて、ようやくエレベーターを降りた。部屋を出る前に下着を着るのを忘れていたことに気付いたのだが、霧咲はパンツを履く時間はくれなかった。
「君とこんなふうに深夜を散歩するのは初めてだね」
霧咲の声はいつも以上に弾んでいる。
「ほら、見てごらん。今夜は月が隠れてるから星が綺麗だよ。ま、地上が明るすぎて微妙かな?」
今夜はわりと曇っていて星など見えない。ただ曇り空に地上の光が反射していて、空の色は薄明るい灰色をしている。それに星を探す余裕など無かった。
「きりさき、さん……」
「何?」
「やっぱり無理っ……帰りましょう?」
ローション無しでセックスをしたこともある。無いと痛いが、代わりになるものなら部屋には何かしらあるはずだ。
「……ダメ」
そう言って、霧咲は榛名の腰に手を回して自分の方に抱き寄せ、額をコツンと軽くくっ付けた。キスはなくとも、その甘い仕草に思わず榛名の心臓が高鳴る。
「嫌がる君が可愛すぎるから、もう少し見ていたい」
「なにそれ……っ」
「ほら、あっちから来る人に見られてるよ?もっとシャキッとしないと」
「……っ」
深夜帰りのサラリーマンとすれ違い、男同士で思い切りくっ付いているところを見られてしまった。サラリーマンは榛名と目が合った瞬間、カッと顔を赤くして逸らした。
(うわ、ドン引きされた……当たり前か)
サラリーマンが遠くに行ったところで、ひそっと霧咲が話しかけてきた。
「ほら、今の人も君の色気に当てられていただろう。一人だったら襲われていたかもしれないね」
「なっ……そんなわけ」
「まだ認めないの?ま、いいや。ほら、あと数メートル頑張って歩いて」
腰から手を離されて、今度は手を繋がれた。お尻の中の異物感が凄い。歩きづらくて、つい足を引きずるようになってなってしまう。もっと普通に歩かないと、店の人からも変に思われるだろう。
歩くたびにローターが前立腺に当たるのだ。そのたびに感じてしまって、人通りがまったくないワケじゃないのに榛名は霧咲の腕にしがみついていないと歩けなかった。遠隔操作で振動させられてはいないものの、いつ霧咲が起動させるか分からない。まさか店の中で起動することはないと思うが……。
(そこまで、意地悪じゃないよな)
そう思うのに、いけない妄想をしてしまう自分は霧咲に言われなくても本当に淫乱だ、と思った。
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