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第114話 榛名、中原に嫉妬する

学歴のことをこれ以上聞くと益々凹むので、榛名は質問を変えることにした。 「誠人さんは中原さんのどこが好きだったんですか?彼のどの辺を好きになったんですか?」 蓉子は、中原は少し榛名に似ていると言った。しかし自分では絶対にそう思わないし、思いたくもない。 けれど霧咲が好きになった男なら、自分と中原には何かしらの共通点があるのだろうか。 ……頭の出来以外で。 「どこが好きだったのか、か……。改めて聞かれると難しい質問だな。どこが、とかそういうんじゃないんだ。俺がまだ人間的に未熟だったのもあるけど……言うなれば中原は、そういう男だった」 「そういう男?」 そんな抽象的な言葉で言われても、榛名には全然分からない。そういう男とは、つまりどういう男なのだろう。 「周囲に居る者を全て虜にするって言うのかな。外見もすごく綺麗だったしね。高校の頃はよく女性に間違われていたくらい、柔らかな雰囲気だった。でも、自分の目的のためには手段を選ばない非情で狡猾なところもあった。当時の俺には、そんな中原のギャップがすごく魅力的に見えたんだ」 「………」 「彼の性質に酔っていたっていうかね……。そんな中原が何故か俺のことをいつも一番に優先してくれていたから、気分も良かった。彼は自由な男で何度も浮気されたけど、俺に縛られることのない彼の態度が、逆に俺の心を捉えて離さなかった」 榛名の胸は、少しズキンと痛くなる。 自分から聞き出したのに、やはり今の恋人が他の誰かに夢中になっていた話を聞くのは辛いものがあった。 霧咲は当時のことをだんだん思い出したのか、すらすらと話をしていく。 「特に学生の頃は、どうしようもないくらい彼に心酔していた。崇拝していた、と言ってもいい。でも、俺が医師免許を取って毎日忙しくて会える時間も少なくなって……それがきっかけなのかは分からないけど、彼はだんだん変わっていった」 「そんな時に、誠人さんが子どもが欲しいっていう発言を?」 そのくだりは前にも聞いていたので、榛名はつい口を挟んだ。霧咲は榛名をちらりと見て、その顔色を伺った。大丈夫そうだと判断したのか、更に話を続ける。 「ああ、そうだ。俺があいつの言葉を冗談だと捉えて軽い返事を返してしまったから、中原は蓉子にあんな酷いことを……」 「………」 榛名は無意識に下唇を噛んでいた。蓉子のことはとても気の毒だと思うが、亜衣乃のことを思うとどうしても親身にはなれない。 中原が居なかったら亜衣乃は存在しないのだと思うと、余計に複雑な気持ちになるのだ。 「そして俺は、やっと目が覚めた。妹を、蓉子を傷付けられてやっと分かったんだ。本当に遅かったよ、中原がそういう人間だってことは最初から薄々と感じていたのにな……」 「そういう人間?」 榛名は首を傾げて、霧咲を見つめた。 「自分のエゴのためなら、周りの人間……たとえ自分の家族だろうと、不幸にしても胸が痛まないタイプの人間だ」 「……っ」 背中がゾッとした。そんな人間がもしも榛名のそばにいたら、自分は一体どうなっていただろう。 「俺は、ずっと彼のことが怖かった。今思えば、それを認めたくなくてその気持ちを愛だと思い込んでいたように思うんだ」 「思い込んでいた?」 「うん。俺の中原への気持ちは恋や愛なんかじゃなくて、ただ彼を自分の思うとおりにしたい執着心と、無意識に植えつけられた恐怖心だったのかもしれないなって」 霧咲がそこまで言い終わると、2人の間には沈黙が流れた。 霧咲はすっかり冷めたコーヒーをぐいっと飲み、榛名はその喉仏が上下し終わるのを待って、言った。 「それ、俺を慰めるために言ってるんじゃないですか?愛の形はさまざまだから、きっと俺とは違う形で誠人さんは中原さんを真剣に愛していたんだと思います。でなきゃ、そんなに苦しまないでしょう……?10年間も」 何故か言いたくもない言葉が、勝手に口をついて出てくる。自分から聞きたがったくせに、何を拗ねているんだろう。こんな面倒な恋人、霧咲は嫌になるんじゃないだろうか。 そう思うのに。 「……暁哉、ソファに移動しようか」 「え?」 何故か霧咲は晴れやかな顔で、そう言ってきた。 「今度は俺が、君を抱っこしてあげるから」 それは、さっき榛名が亜衣乃にしていたことを言っているのだろうか。 霧咲がソファに移動したので、榛名も立ち上がってすっかり冷めたコーヒーをダイニングテーブルに残したまま、霧咲の隣へと座った。 「抱っこだって言っただろう。俺の膝の上に座りなさい」 「いや、だって俺重いですし!」 「知ってるよそんなの。散々おうまさんごっこしたんだから」 「……!」 思い出したくない恥ずかしい言い訳の言葉を言われて、榛名の顔が赤く染まる。 霧咲はそんな可愛い恋人の変化に我慢できず、横から抱きしめるとゆっくりとソファに押し倒した。 「な!ちょっと!昼間からヤバいですって!亜衣乃ちゃんすぐ起きちゃいますって!」 「別にセックスしようなんて言ってないだろ。でもキスくらいはさせてくれよ」 「なんでそんな、いきなりッ……ン……」 霧咲に軽く口づけられて、離される。榛名が黙ったのを確認すると、またそっと口づける。 「あ……まことさ、チュ……チュクッ、」 「チュ、チュッ……君の一番可愛い顔は泣き顔よりも、嫉妬してる顔だってことが改めて分かった」 「は?……ふっ……」 どういうことか聞きたかったが、再び唇を奪われて言葉が出せない。それでも執拗なキスが嬉しくて、いつの間にか榛名は霧咲の背中に手を回してしっかりと抱きついていた。 「あー……セックスしたいなぁ」 「ダメですよ、絶対」 「しないよ」 霧咲は少し苦笑して答えた。もしも亜衣乃が寝室で寝てなかったら、昼間だろうとコトに及んでいたと思う。今が夜中じゃないのが残念だ。 「それに今セックスしたら……誠人さん、中原さんのことを思い出しそうだから嫌です」 「え?」 霧咲の可愛い恋人は、何故か今にも泣きだしそうな顔でそっぽを向いている。 「最後にこれだけ聞かせてください。彼とどうやって別れたんですか?今までの話を聞いてたら、中原さんが簡単に誠人さんのことを手放すとは思えないんですけど……」 それでもなお、元恋人の話を聞きたがっている。霧咲は困った風に笑うと、榛名を抱き起して自分の膝の上に移動させた。

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