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第116話 榛名、親友と会う

蓉子とひと悶着があった一週間後の今日、榛名は1人でとあるカフェに来ていた。 看護学生時代の友人に『久しぶりに会おう』と言われたので、半年ぶりに会うことにしたのだ。霧咲は仕事休みだったが、『俺のことは気にせず行っておいで』と快く送り出してくれた。 榛名と霧咲はまだ一緒に暮らしてはいないが、亜衣乃はあの日から霧咲と一緒に住んでいる。今日は亜衣乃を小学校に迎えに行ったついでに、2人で映画でも観に行くことにするよ、と霧咲は言っていた。 * 「あ、榛名ーっ、ここ、ここ!」 「(かおる)、久しぶり!」 榛名の姿を見つけるなり、立ち上がって手を振ってきた彼女の名前は黒木郁(くろきかおる)。榛名と同じ就職と同時上京組で、今は産婦人科のクリニックで働いている。 榛名が前に別れた彼女を紹介してくれたのも、実はこの郁なのだった。 「てっげ久しぶり!元気にしちょった!?」 席に着くなり、大声で方言を喋る郁に榛名は少し顔をしかめた。 「ちょっ……東京のど真ん中の店ん中で方言丸出しは恥ずかしっちゃけど俺……」 「とか言って榛名も喋っちょるやん」 「そっちに合わせただけやし」 榛名と郁は、高校1年から専門学校時代までの5年間、ずっと一緒に過ごしてきた。 お互いが異性の中では――そんな枠で括らずとも――一番仲のいい友人だと思っている。 頻繁に連絡を取り合うことは無いのだが、いつ会っても、どれだけ間を開けていても、まるで昨日会っていたかのような気持ちになる、そんな存在だ。 郁は目鼻立ちのはっきりしたなかなかの美人で、以前肩まで伸びていた髪は後ろできゅっとひとまとめにされていた。学生時代はずっとベリーショートだったため、会う度に女性らしくなっているな、と榛名は思う。 「あ、あの……お連れ様、ご注文は」 横を見ると店員が少し引きつった顔で立っていたので、榛名はニコッと笑って「ホットコーヒーください」と綺麗な標準語で言った。 「そういや榛名さー、前に私が紹介した充代ちゃんとはけっこう前に別れたっちゃろ?私最近まで全然知らんくてさ、なんかゴメン」 先に来ていたホットコーヒーを飲みながら、郁が申し訳無さそうに言った。 「充代ちゃん?……ああ~うん、付き合い始めて……確か1ヶ月で振られたとよね、俺が」 しかし榛名には、その名前を言われても顔を思い出すのに少しタイムラグがあった。 最後に郁と会ったのは、その彼女を直接紹介された時だというのに。 彼女に振られた日は、霧咲と出逢えた運命の日。だからあの日の記憶はすべて、霧咲に関することに塗り替えられてしまっている。 「しかもまた榛名の方が振られたっちゃ……なんで?けっこう性格もいい子やったやろ?榛名好みののんびりふんわりした感じで、顔も芋臭くてさ」 「芋臭いってのは悪口やないとね」 榛名は友人を少し窘めながら、グラスに入った水を飲んだ。氷は入ってない。 「だって美人は緊張するから嫌やって、榛名が言っちょったとよ。充代ちゃん顔は芋臭くても中身はちゃんとした東京人やとに、榛名の方が失礼やわー」 「俺がいつ失礼したと……相変わらず責任転嫁すんのうまいな、郁」 「それほどでも」 「褒めちょらんって」 2人はクスクスと笑いあった。榛名が充代に振られたことを全く気にしてなかったので、郁も安心したらしい。 「コーヒーお持ちしました。ご注文は以上でよろしかったでしょうか……」 再び何かを堪えているような声がして横を向くと、先ほどと同じ若い女性店員が顔の筋肉をピクピクさせながら立っていた。 榛名の前に、コトリとホットコーヒーが置かれる。 「……そろそろ標準語で話さん?榛名」 「俺は最初からそのつもりやったとに……」 引きつっている店員が少し気の毒になったため、榛名と郁はイントネーションを改めた。 そして榛名は熱いコーヒーをフーフーと冷ましながら、本題に入った。 「ところで郁、俺に突然会おうって言った理由はそれだけじゃないんだろ?何かあった?」 「標準語の榛名とか超ウケる」 郁は手を口元にやるとププッと笑った。そう改めて言われると少し恥ずかしくて、榛名は負けじと言い返した。 「一応これが今の標準装備なんだよっ」 「わ~かってるって!えっと私、来年の6月に結婚するんだ。榛名にはメールとかじゃなくて直接言いたくてさ……」 突然、少し照れたようにそう報告してきた郁に、榛名は自然と顔を綻ばせて祝った。 「そうなんだ!おめでとう郁。相手は東京の人?」 「うん、一個年上の会社員。それでね、学生時代の友人代表でスピーチよろしくっ」 「……は?」 急な頼まれごとに、思わず目を見開いた。 「私の親友ってったら榛名でしょ?」 「ちょ、まって、普通新婦の友人代表は女性でしょ!?男がやったら旦那さんが嫌じゃないの!?相手の家族だって!ダメだってそれは!いや別にスピーチするのが嫌なんじゃなくってさ……!」 結婚式には何回か招待されているが、さすがに異性がスピーチをするのは見たことがない。 大体、男友達が式に行ってもいいのかすら怪しい。 「ちぇ、この生真面目常識じ~ん!しょうがない、秋穂(アキホ)に頼むか」 「そーして、ホントにもう」 「でもー、私らの中で一番女子力が高かったのって榛名だったよね」 「はあ??」 親友の言葉に、榛名はまた耳を疑った。 「だって、いつもハンカチとティッシュと絆創膏持ち歩いてたし」 「それ別に女子力じゃないだろ、普通だし」 「勉強得意だったけど体育は苦手だし」 「……それは仕方ないだろ、人には得意なものと不得意なものがあるんだし」 「高校1年のときミスコンで、男のくせにさらっと優勝するし」 「人の黒歴史を思い出させるなー!!」 慌てふためく榛名を見て、郁はニヤニヤと笑う。当時、身長もまだ160cmそこそこで身体も華奢だった榛名は、女子の制服を着ても全く不自然さはなかった。 最初はただの悪ノリで体育のあとの昼休みに女子に着せられたのだが、化粧もしたらあまりの可愛さに、看護科の女子全員の悪ノリで、文化祭でのミスコンに看護科代表で出されてしまったのだ。 ライバルの商業科(ほぼ女子)代表のギャルを負かせてしまったこともあり、その後は男だとバレて散々だった。 ちなみに女子がいない科(自動車科や機械工学科など)の代表も男子が女装していたのだが、榛名ほど可愛くも自然でもなく、単なるウケ狙いで出場していた。 2年になってからは身長も伸びて骨格も男らしくなったので、女装は似合わなくなったのだが。 「そんなに嫌なら断れば良かったんじゃないの?」 「あんなに毎日女子に囲まれて生活してたらね、恐ろしくて抵抗する気になんかなんないんだよ」 郁は楽観的に言い、榛名は憮然として答える。抵抗できないのは若干、今もなのだが。 「ま、榛名って女子に馴染んでたしね~。あ、私あの時の写真東京に持ってきてるよ、今度見る?」 「ぜっっったい、やめて。てか、燃やせ」 「絶対やだー」 郁は心底楽しそうに笑った。そんな恐ろしいものがまだ存在してるなんて心臓に悪い。 もし霧咲に知られたら……恥ずかしくて死ぬどころの話じゃない。 「男子に一番モテてたのも榛名だしね。アンタが常に誰か女子と付き合ってなかったら絶対男にも告られてたんじゃない?このスケコマシ」 「す、スケコマシって言うな…」 確かに告白されたらホイホイと付き合っていたが、コマしていた覚えはない。 それにしても、男子にモテていたなんて初耳だ。

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