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第117話 榛名、親友にカミングアウトする

「田辺とか山崎とかキモ系の奴らいたじゃん、あの辺いつもアンタのこと熱い目で見てたよ~、私よく睨まれてたもん、いつも榛名と一緒にいるから」 「え……田辺くんと山崎くんが?普通に優しい人たちだったと思うけど」 同じ看護科の、数少ない男子クラスメイトだ。教室片隅系男子というのか、でも榛名は普通に仲良しだった記憶がある。 「だからぁ、アンタは他の女子と違ってあいつらキモがったりせずに優しかったからよけいに惚れられてたんだって!ほんとに気付いてなかったの?」 「当たり前だろ……」 気付いてたら、普通に接することなど出来なかっただろう。 「もおぉ、私当時けっこう必死でアンタのこと守ってたんだよ~!?目ぇ離したらその隙にレイプされんじゃないかって思って」 「えええ!?………とても信じられないけど、なんとなくありがとう、郁」 「なんとなくはいらんわ!」 これも霧咲には絶対話せないな、と思った。 『友達とどんな話をしたの?』と聞かれたらなんて返そうかな、と榛名は少し首を捻る。 「……ねえ榛名。今は好きな人……ううん、付き合ってる人はいないの?」 郁が真剣な顔で聞いてきた。『好きな人』を『付き合ってる人』とわざわざ言い直したのは、榛名が今まで真剣に女性と付き合ったことがないのを知っているからだった。 榛名が直接言ったわけではないが、常に彼女よりも親友の自分の方が優先されていたから――それが原因で失恋したことも知っている――なんとなく分かるのだ。 「……………」 榛名は暫し、口を噤んでいた。親友に霧咲のことを話すべきか、否か。 以前だったら絶対に無理の一択だった。 けれど、今は…… 「……いるよ。すごく大事で、大好きな人」 親友に軽蔑されてもいい、と思った。それくらい、霧咲のことを愛してるから。 榛名は今日は最初から、今度霧咲と結婚することを郁に報告するつもりだった。 「え!ほ、ほんとに!?」 「……うん」 榛名は郁の目をしっかりと見て、頷いた。 郁はあからさまに驚いた顔をしたが、それでも先ほどの榛名のようにぱあっと顔を綻ばせている。 「どんな人!?」 「ドクター、K大の腎臓外科の先生」 「マジで!?女医!?逆玉じゃん!」 郁は少し興奮気味に食いついてくる。 霧咲は女医ではないし、嫁にいくわけでもないので逆玉でもないが、この場合は普通に玉の輿というのだろうか。 「歳は38歳で、」 「しかも10歳も上!?……まあ、でも分かる。榛名って年上のオネーサマに可愛がられるタイプだもんね」 そんなことは初めて聞いた。 「姪を1人扶養していて、」 「え、何それコブ付きってこと?いや、姪っ子なら違うか。でも結婚するならその子も一緒ってことだよね……?」 郁はだんだんと複雑な顔になってきた。親友が自分の知らない内に年上の子持ち――ニュアンスはだいぶ異なるが――の女と付き合い出したと思い、困惑しているのだ。 しかし、これから更に困惑させてしまうことを申し訳ないと思いながら、榛名は一度深呼吸をして言った。 「……男なんだ。俺の、好きな人」 静かに、しかしはっきりとそう告げた。郁はぽかんと口を開けて榛名を見つめている。 「お……おとこ?」 「うん」 「好きな人が?てか、付き合ってるの……?」 「……結婚するつもり。ゲイ婚っていうんだけど、彼の養子に入ろうと思ってる」 「…………」 郁は、目線を下げるとコーヒーをグイッと飲んだ。その仕草は昔と変わらず男前で、榛名は当時、郁が男よりも同性にモテていたことを思い出した。自分たちがよく『お似合いカップル』と言われていたことも。 もちろん榛名にその気はなかったし、それは郁も同じだったのだが。 だから、ずっと友達でいられた。榛名にとっては別に好きでもない彼女よりも、郁の方がずっとずっと大事な存在だったから、よく郁を優先して振られていたけれど、後悔したことは一度もない。 「……軽蔑した?」 「いや……あのさ、ごめん榛名」 「?何が?」 何で郁が謝るんだろう。榛名は首を傾げて彼女の表情を見つめた。 「私……榛名のこと、ずっとそうだと思ってた」 「……え?」 「だから実はあんまり驚いてない」 淡々とした郁の言葉に、榛名の方が動揺を隠せなかった。 「えええええ!?だって、俺が自分でそうだって気づいたのは半年前くらいやっちゃけど!?いや、初恋は男やけど……え、嘘やろ、俺そんな分かりやすかった?」 「落ち着け榛名、宮崎弁出てるぞ」 前からポンポンと肩を叩かれて、ようやく榛名は落ち着いた。 まさか、自分の性癖が親友にバレていたなんて。しかも自分が気付いてなかった頃から。 「な、なんで……?」 「いや、榛名見てたらなんとなく分かるっていうかさ。榛名って女にはすごい優しいけど……なんていうか、オスのニオイがしないんだよね。多分付き合ってたコ達は全員最後は見抜いてたと思うよ」 「う、嘘やろぉ!?」 「まあ、それは言い過ぎか」 「おいっ!」 ぺろっと舌を出した郁に憤慨する。霧咲といい堂島といい、自分はからかわれやすい性質(タチ)なのだろうか。でも今更、このクソ真面目な性格を変えることはできない。 「でも振られる理由っていつも同じでしょ?」 「よくわかるね、郁」 「これでも一応、女ですから」 それはよく分かっているのだが……。 いや、もしかするとよく分かっていなかったのかもしれない。郁が自分とは違うこと。 女性だということ。 あまり真剣に考えたことがない。 郁は郁だ、と思っていたから。 「でもさ、気付いたって本人に聞けるわけないじゃん?榛名ってホモなの?とかさー」 「まあ……言われてたら友達やめてたかもね」 当時の榛名は、女性を好きになろうと毎日必死だったのだから。 いくら親友の郁でも、その言葉は暴言に近いもので許せなかったかもしれない。 「だよね。榛名が自分で『そうじゃない』って振舞ってたっていうか……なんとなく、必死なのを感じてたから。それに、」 「それに?」 郁は少し困ったような顔をして、言った。 「私……高校生のとき、榛名がいつも彼女より私を優先してくれるのが嬉しかったんだ。恋愛感情じゃないけど、榛名のことが大好きだったから。充代ちゃんを紹介しといて本当に勝手なんだけど……ホントは私、榛名が自分以外の女と仲良くしてるのが気に食わなかったの」 「へ?」 「なんていうか……榛名を同じ女に取られたくなかったんだよね。だから榛名の恋人が男で嬉しいよ。女は嫌だけど、男なら許せるっていうか?」 親友のカミングアウトに、今度は榛名の方がぽかんとしてしまったのだった。

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