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第118話 榛名、親友に疑われる

「ああ、でもほんと勘違いしないでよ?榛名を彼氏にしたいとか、そういうことを思ったのは一度もないから!女友達だって、彼氏ができたらちょっとさみしいもんなの、それと同じだから!」 「そんなにキッパリ否定しなくてもわかってるよ」 郁に初めて彼氏ができた時、榛名だって同じように少しさみしいと思った記憶はある。 ただ、郁を他の男に取られたくないと思ったことはないが。 「ねえ、相手どんな人?画像とかないの?」 「あるよ、ちょっと待って」 榛名は携帯を操作して、霧咲が遊園地でアルパカとツーショットしているお気に入りの画像を郁に見せた。 「こんな人」 「うわっ何このイケメン!榛名ってば芋臭いのがタイプじゃなかった!?芸能人じゃん!これが医者!?有り得ない!反則!ズルイ!!」 榛名は郁のリアクションに笑いつつ、「別に俺、芋臭いのがタイプとか一言も言ったことないからな」としっかり否定した。 郁は穴が開きそうなくらい、霧咲の画像を見つめている。 「……ねえ、ほんとにこの人と付き合ってるの?榛名の一方的な片想いで、付き合ってると思い込んでるってオチじゃないでしょうね?」 「失礼だな!ちゃんと愛されてるよっ!」 「どーだか。じゃ、証拠見せてよ」 「証拠!?」 郁は本当に疑っているわけではなく、ただ榛名にノロけさせたいだけなのだが、榛名は誘導されていることに気付いていない。 「本当に付き合ってるなら、愛のこもったメールとかあるでしょ、見せて!」 「なんで証拠なんか……恥ずかしいなもう……ほらっ」 榛名は霧咲に申し訳ないと思いながらも、他の誰でもない郁だからいいか、と先週霧咲から来たメールを見せた。 『おはよう暁哉。今朝は君が隣に居なくてさみしいよ、一体いつ引っ越してくるんだ? 明日は午後から学生の指導があるから、午後の回診は中止だからよろしく。 それじゃあ、行ってきます。愛してるよ。』 「ほらね、ちゃんと付き合ってるだろ?」 「うん、あのさぁ……ご馳走様!」 郁は口元を抑えて真っ赤な顔でプルプル震えている。笑いを堪えているのは一目瞭然だ。 「は?……あっ!郁、騙したな!?」 「気付くのおっそ!あはははは!」 「騙されたぁ~っ!くそっ、悔しい!」 悔しいとは言いつつも、初めての惚気に特に嫌な気はしない榛名だった。 その後2人は、同級生についての話題で盛り上がった。郁はFacebookで近況が分かるらしいが、SNSは何もしていない榛名には驚くことばかりだった。 「そーいえばさ、ミホこないだ子供2人目が産まれてたよ。1人目はもう3歳だって」 「へー!もう2人目かぁ……相変わらず田舎はそういうの早いね」 「ほんと!都会にいたら時間の流れ遅くて、帰ったらいつも浦島太郎みたいな気分になるわ」 「ちょっと分かる、それ」 「あとヒトミっていたじゃん!あの子今ナースやめてAV女優やってんだって、ヤバくない?」 「ええ!?あの暗い感じだったコだよね?」 「うん、ってその反応……もしや榛名、見たわね?」 「見てないし!どんな反応だよ!」 軽く昼食も頼んで、結局16時になるまで2人はカフェでお喋りを続けたのだった。 主に郁が喋り、榛名が聞き役で時々突っ込む、それは昔から変わらないスタイルだ。 そして、そろそろ出ようかと立ち上がった。 「あー楽しかった!ねえ榛名、いつかその霧咲先生に会わせてよ。親友として挨拶したいし」 「好きにならないならいいよ?」 勿論、この牽制は冗談だ。 「次会う時はこっちも人妻だっつーの!親友の彼氏寝取ったりしないし!大体、その先生は生粋のゲイなんでしょ?」 「まあ……そう、かな。あ、そういや俺は郁の彼氏の画像見てない!」 榛名は自分の惚気しかしていないことに気付いた。しかし、郁はなんとも思ってないらしい。話しながら、割り勘で会計を済ませる。 「結婚式で会うからいいでしょ。ちなみに彼、今日私が会ってるのはハルナちゃんっていう可愛い女の子だと思ってるから。女装写真見せたし」 「はあ~!?」 「当日にネタばらししてやろーと思ってさ!」 なんて誰も幸せにならないドッキリなんだ……と榛名は頭を抱えて黙り込んだ。 そして、店の外に出た。帰る方向は逆なので店の前でお別れだ。 「榛名、今日はありがと!」 「あ、あのさ郁……」 「なに?」 榛名は、少し言いにくそうに口篭りながら言った。 「あの……昔からずっと、心配かけてごめん」 好きでもない女子と頻繁に付き合ってたこと。 同性が好きなんじゃないかと思わせてたこと。 それを言わずに気を使わせていたこと。 自分が真剣に他の誰かを愛することなんてできないんじゃないか、と思わせていたこと。 詳しくは言えない。けれど、すべてに対しての「ごめん」だった。 「……何言ってんのよ、今更!大体榛名を心配するのは昔から私の役目でしょ?今は霧咲先生なんだろうけど。……私も、榛名には悪いと思ってんだ。ずっと榛名が何か悩んでること本当は気づいてたのに、何の力にもなってあげられなくてごめん」 「郁……」 「ヘタに口出しして、榛名が自分から離れていくのが怖かったんだ。こんなんで親友ヅラしてて、ごめん……」 「………」 郁は少し泣きそうな顔をしていた。男勝りなこの友人は、実は結構繊細で涙脆い。 そういうところを含めて、真面目で大人しい榛名とも気が合っていた。 勉強や実習で辛かった学生時代を、お互い支え合うようにして過ごしてきたのだ。 榛名はふぅ、とため息をついて言った。 「……ばかやね、確かにずっと悩んじょったけど、俺が言わなかったのが悪いとよ。郁が謝る必要なんかない。むしろ気付かないフリしてくれてたのがありがたいっちゃから、謝らんで」 そう言って、親友の頭をポンポンと撫でた。 「榛名……」 「結婚、ほんとにおめでとう郁。絶対幸せになっとよ?ならんと許さんけんね」 榛名のその言葉に、郁は少ししゃくり上げて目尻に浮かんだ涙を拭った。 「榛名のくせになんかっこいいこと言っちょっと?それ、私のセリフやっちゃけど」 「なんでや!たまには俺がかっこいいこと言ってもいいやろ」 「顔に似合っちょらんちゃもん、榛名はどう見ても幸せなれよって言われる方やじ?」 「ほっとけ」 そして2人は、ひとしきり笑った。 通行人が、東京の真ん中で方言丸出しな2人を怪訝な目で見て追い越していく。 格好つけて標準語で話すよりも、地元の言葉の方が気持ちが正しく伝わる気がする。 二人とももういい大人になったのだけれど、なんだか学生時代に戻ったみたいだ。 「そんじゃーね、榛名。結婚式絶対来てよ!」 「うん。バイバイ、郁!」 2人は同時にくるっと背を向けて、歩きだした。決して振り返ったりはしない。 またしばらく連絡はしないだろうけど、次に会った時はまたお互い昨日会ったみたいに話すのだ。 ずっとずっと、そうしてきたように。 (本当にありがとう……郁) 親友にカミングアウトしたことで、学生時代から抱えてきた重大な悩みがふっと軽くなった気がした。 そして榛名は、霧咲に1通のメールを送った。 『今解散しました。家にお邪魔して晩御飯を作っておくので、食べて帰らないでくださいね。 亜衣乃ちゃんの好きなハンバーグを作る予定です。 それと誠人さん、愛してますよ。』 このメールを読んだ霧咲はいったいどんな顔をするだろう。 想像して、つい浮かれた足取りになる榛名だった。

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