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第119話 その頃の伯父と姪

「解せないわ……」 「……何がだ?」 霧咲は隣の席で腕を組み、う~んと何やら難しい顔で考え込んでいる姪に声を掛けた。 今日は同じく休日だった恋人が旧友に会ってくるとの申し出があったため、亜衣乃が観たいと言っていた映画を小学校に迎えに行ったついでに観に来ていた。 そして観終わった今、『あー面白かった!』という前向きな感想でも聞けるかな?と思っていた矢先だったのだが。 「なんか……想像してた話と違ってたの……」 「そりゃまあ……残念だったな」 「クラスの女の子達が面白い面白い言ってるから、どれ程のものかと……期待しすぎてたのかもしれない 」 「…………」 なんとも子供らしくない感想に苦笑する。 確かにご都合主義のアニメ映画だったが、世間でも話題にもなっているし大人の霧咲でも普通に楽しめた。 特に良かったのはCGと歌で、あとは『こんなものかな』という感想なのだが。 男のキャラクターがほぼ蔑ろにされている感はあったが、これも時代なのだろうと思う。 「大体何であんなに大人がたくさんいるのに、誰も口出ししないのかしら……大体魔法を使えるからって王位継承権がそんな絶対的なもの?子供だって普通疑問に思うわよ……」 亜衣乃は席に座ったまま、まだブツブツと呟いて考察している。その姿は自分の子供の頃にそっくりだと霧咲は思った。 「ほら、係の人が掃除しに来るからそろそろ出るぞ」 「はあい」 自然に手を繋いでシアターを後にした。恋人の榛名が一緒に来ていたなら、猫被りが得意な姪は屈託のない笑顔でわざとらしく『面白かったぁ!』などと言うのだろう。 勿論榛名に気を使っているのではなくて、自分が可愛こぶりたいだけなのも分かっているが。そこはある意味子供らしい、と苦笑した。 「何笑ってるの?まこおじさん」 「いや別に。あ、ホラ亜衣乃、雪だるまのぬいぐるみが売ってるぞ。いるか?」 「いらない」 榛名は本気で亜衣乃と親子になりたいと思っている。しかし、しばらくの間は「可愛い妹みたいな子」と「伯父の恋人の優しいお兄さん」という関係はなかなか崩れないだろう。 (……別に、ずっとそれでもいいんだけどな) 2人がずっと笑顔でいてくれたら、どんな関係だろうと構わない。 「ねえねえ今の親子すっごい美形だった、てかお父さんすごい若くない?」 「女の子もお人形みたいに可愛いね~」 すれ違った女子高生からそんなことを言われた。やはり自分と亜衣乃は顔の造形が似ているらしい。本物の親子ではないけど、そう言われるのは悪い気はしない。 「ねえまこおじさん、晩御飯ってどうするの?」 「暁哉に確認してからだな、友達と食べてくるなら俺たちは今からここで食べよう。……ところで亜衣乃、最近おじさんのこと外でもパパって呼ばないんだな。前は呼ぶなって言っても呼んでたのに。もうすぐ本物の親子になるんだし、パパって呼んでも構わないんだぞ?」 もっとも、前も本気で呼ばれていたわけではなく、嫌がらせに近いニュアンスだったのだが。 「呼ぶなって言われて呼ぶのと、呼んでいいって言われて呼ぶのとじゃ違うの」 「何がどう違うんだ。……まさか照れてるのか?お前が?嘘だろ?」 大げさに驚いてやれば、亜衣乃はかぁっと顔を赤くした。 「もう!まこおじさんうるさい!さっさとアキちゃんに連絡すれば!?」 「はいはい」 恋人をからかうのも楽しいが、小学生の姪をからかうのも楽しくてやめられない。 我ながら嫌な性格だと思うが、今更変えようとは思わない。 「あれ、暁哉からメールが来てるな。……!?」 「え、アキちゃんから?なんてなんて?」 ”誠人さん、愛してますよ” 霧咲はそのメールを読んだ途端、画面に釘付けになってしまった。 真面目で照れ屋な恋人は、こういうメールを送ってきたことは今までに一度もない。 それがいきなりこんな愛がこもったメールを送ってくるなんて、一体どういう風の吹き回しなのだろうか。 「…………」 友人と何かあったとしか考えられない。榛名が帰ったら、全部問い詰めようと思った。勿論、亜衣乃が寝静まった頃に。 「もう、おじさんってば!!亜衣乃にもアキちゃんからのメール見せてよぉ!」 亜衣乃は手を伸ばして霧咲のスマホを奪おうとするが、霧咲は絶対に亜衣乃の手が届かないところまで大人げなく腕を伸ばしてそれを阻止する。 そんな二人の行動は、映画を見に来ているその他大勢の客に見られていて遠巻きにクスクスと笑われているのだが、特に気にはならない。 「コレはダメだ。絶対見せてやらない、減るからな」 「え、何が減るの?アキちゃんなんて書いてたの?」 「あー……今夜は亜衣乃が好きなハンバーグを作って待ってるから、晩御飯は食べずに帰ってこい、と」 「えっホント!?……じゃあまこおじさん、亜衣乃のお腹が減るって言いたかったの?亜衣乃、そこまで食いしん坊じゃないもん!」 亜衣乃は両頬をぷくっと膨らませて、どすどすと足音を立てながら霧咲に背を向けてエレベーターに向かって歩いていく。 なんとかうまく誤魔化せたが、更に機嫌を損ねてしまったようだ。 「亜衣乃、ケーキでも買って帰ろう」 「太るからいらない!」 「じゃあ俺と暁哉の分だけ買うか……」 「そんなのずるい!!まこおじさん、お腹出てきてアキちゃんに嫌われても知らないから!」 機嫌を取らないといけないのに、ますます機嫌を損ねてしまった。つくづく自分は、こういうことが苦手だと思う。 榛名は大人なぶん、霧咲の子供じみたからかいには『もう……』とため息をついて諦めてくれるのだが、亜衣乃はそうはいかない。 霧咲の方が大人にならないといけないのだ。当然だが。 ちなみに霧咲は週一でジムに通っているため、今のところ腹が出る心配は全くしていない。自分より10歳も若い恋人を満足させるため、それなりの努力は怠っていないのだ。 けど、亜衣乃にそれを言おうものならますます怒らせてしまうだろうと思い、そこは黙っていた。 「もう!まこおじさんのいじわる、帰ったらアキちゃんに言いつけてやるんだから!!」 「おいおい、それは勘弁してくれよ」 別に榛名に言いつけられたところで痛くも痒くもないのだが。 エレベーターを降りて外に出てもなお、亜衣乃の機嫌は直らないようだ。もうそんなに怒ってもいないのだろうが、機嫌を直すタイミングを計っているのだと思う。霧咲は何でもない風に声をかけた。 「あ、そうだ亜衣乃。来週の土日は予定いれるんじゃないぞ。旅行に行くからな」 「え、旅行?」 亜衣乃が足を止めて、振り返った。やはり、もう怒ってはいなかった。 霧咲が亜衣乃の隣まで歩き自然に手を差し出すと、亜衣乃は素直にその手を取った。 「来週の18日、暁哉の誕生日なんだ。当日は平日で俺も仕事だから何もしてやれないけど、最近色々と迷惑もかけたしな……お詫びもかねて週末は温泉旅行にでも行こうと思ってて」 「誕生日!?18日ってもうすぐじゃない!」 「ああ、だから土日は予定を空けておけよ、と言ってるんだ」 もっとも、この姪が友達と約束をしていたことなど一度も無いのだが。 「何でもっと早く教えてくれなかったの?アキちゃんは亜衣乃の新しいママなんだよ!?プレゼントの用意とか何もしてないのに!!どうしようっ!」 「プレゼント?そんなの似顔絵でも描いてやれば暁哉は喜ぶだろう」 「そんなの無理!わたし絵は苦手な分野なんだから!!」 「お前、どこまで俺と一緒なんだ」 親子じゃないのにこうも似過ぎるのは、偶然にしては少し気持ち悪いと思った。 別にそれは嫌ではないのだが、今は可愛いこの姪が、将来は自分のように可愛くない性格になったらどうしよう……と危惧しているのだ。 「まあプレゼントはこの一週間で考ればいいだろう。あ、あそこのケーキが美味しいってうちのスタッフ達が言ってたな、寄って行」 「そうだ、ケーキ!誕生日といえばケーキよね、わたしケーキ作る!生クリームにイチゴが乗ってるやつ!ね、まこおじさんも一緒に作って!?」 いきなり突拍子もないことを言い出した姪に、霧咲は眉間に皺を寄せた。 そして、一番に浮かんだ疑問を口にする。 「……ケーキって、家で作れるものなのか?」 「クラスの子が誕生日にママがケーキ焼いてくれたって言ってたから、きっと家庭でも作れる簡単なケーキが存在するのよ!」 「それは、いわゆるホットケーキじゃないか?」 「違うと思う。ホットケーキをあんなに自慢気に話してたんじゃ、逆に可哀想」 「ホットケーキに失礼じゃないか?まあ、俺もそう思うけどな」 二人は腕組みをして、その場で考え込んだ。

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