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第121話 甘い夜の始まり

「亜衣乃ちゃん、寝ました?」  後ろ手でドアを閉めながらリビングに戻ってきた霧咲に、榛名はソファに座ったまま聞いた。霧咲はそんな榛名の頬にチュ、と優しくキスを落としながらその隣に腰を降ろした。霧咲は亜衣乃を寝かしつけに行っていたのだ。  二人の前にあるローテーブルには、飲みかけのコーヒーが置いてある。 「うん。少し話してたけど案外あっさり寝たよ。学校帰りに寄り道して疲れたんだろうね。今の学校はここから遠いし、早く転校手続きしなきゃと思うんだけど、4月からでいいって聞かないんだ」 「まあ、かなり中途半端な時期ですしね……。それにしても、小学生の頃から電車通学ってなんかカッコいいですね」 「そうかな?俺もだったけど」 「都会の小学生と田舎の小学生を一緒にしないでくださいよ」  田舎育ちの榛名にとって、亜衣乃くらいの年で一人で電車やバスに乗るのは少し怖かった。電車はそうでもなかったのだが、バスは一本間違えるとどこか知らないところへ連れて行かれそうでちょっとした恐怖だった。その感覚は実は今でも変わらなかったりする。  それを霧咲に言ったら、案の定笑われた。 「ははっ!君って小学生の頃から可愛かったんだね」 「土地勘の無いところは誰だって恐いでしょう……」 「そうかな?スマホがあるのに」 「俺は怖いんですっ」  もう、と少し膨れて目を逸らすと、その膨れた頬にちゅっとキスされた。その唇は、今度はそのままするりと唇に移動してくる。 「ん……っ」  榛名は目を閉じて、そのキスを受け入れた。なんだか霧咲にキスしてもらうためにわざとふくれっ面をしたような感じになったが、案外それは間違いでもないのだった。  舌は絡ませず、ただひたすら互いの唇を味わうような濃厚なくちづけをした。唇にほんの少し残っている、コーヒーの味が無くなるまで。 「……俺たちも、そろそろ寝ようか?」  とても名残惜しかったのだが、霧咲の方からキスを中断してそう言った。榛名は最後に霧咲の唇をぺろりと横に舐めて、唇を離した。 「そう、ですね」  その目は既にとろりと蕩けていて、寝室に行ったあとのことを期待している。霧咲はその目に煽られて、無意識に生唾を飲み込んでいた。 *  物置代わりに使っていた部屋を片付けて亜衣乃の部屋にしたので、もう霧咲と亜衣乃は一緒には寝ていない。だから榛名が泊まりに来た日は、当然のごとく榛名は霧咲のベッドで二人で寝ていた。気を使われているのかは分からないが、夜中に亜衣乃が寝ぼけて起きることはもうなかった。  寝室に移動したふたりは、ベッドにもつれるように倒れ込んだ。 「ハアッ、ン、むちゅ、クチュッ、ジュプ」 「ジュプ、クチュッ、レロレロ」  今度は唇だけじゃなくて舌も絡め合わせ、お互いの唾液を送りあい飲み込む。今夜は先ほど煽られた霧咲よりももっと余裕がないのは、実は榛名の方だった。  霧咲の頭を激しくかき抱き、思わず霧咲が『食べられてしまうんじゃないか』と思うくらい、積極的に濃厚なキスを繰り返した。  もちろん霧咲もそれに答えつつ、片手で榛名のパジャマのボタンを器用に外していく。けれどやはり、いつもと様子が違う榛名に疑問に思い、聞いたのだった。 「どうしたの?今夜はやけに積極的じゃないか。いつもは亜衣乃が起きるからだのなんだのって最初に絶対一言断るのに……俺は嬉しいけどね」  勿論、断られたところで続行するのだが。 「なんででしょう……でも今日はなんか、誠人さんがすごく欲しくて堪んないんです」 「そんな可愛いこと言われたら、俺は我慢しないよ?」 「我慢してたんですか?……そんなの、しなくていいですよ」  榛名は霧咲の手を探して握ると、口元まで持ってきてその人差し指をカプリと銜えた。 「本当に、今夜の君はどうしたんだろうね?いやらしくて、とっても可愛い」 「んふ……ペロペロ、チュッ……」  榛名はまるで口淫をしてるかのように、霧咲の長い指を舌と口内で愛撫した。  本当に、今夜の自分はどうしたんだろう。  こんな風にあからさまに欲しがったり。  『愛してる』なんてらしくない言葉をメールで送ったり。  どうもこうもない。  ただ、霧咲のことが好きなだけだ。  久しぶりに(かおる)と会って、霧咲のことをカミングアウトして、その関係を親友に認められたことで余計にそれが強くなった。  好き。  ただひたすらに、霧咲が好きだ。 「愛してます。早く抱いて……?」 「お友達と一体どんな話をしたのか気になるけど、それは後からじっくり聞かせてもらうよ」 「ンッ、あぁ……!」  霧咲は、すでにぷっくりと膨らんでいる榛名の左胸の突起をキュッと摘み、反対側は口に含んで軽く甘噛みした。榛名の口から控えめな甘い声が漏れだし、それが合図かのように、熱くて甘い夜が始まった。

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