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第124話 榛名、黒歴史を語る
榛名は幸せな気分のまま眠りに落ちようと思ったのだが、何故か霧咲に止められてしまった。
「おい暁哉。まだ寝ないでくれ、聞きたいことがあるんだ」
「ええ……?俺、眠くなっちゃいました……明日じゃダメですか」
榛名は霧咲の胸にしがみついて、今にも寝ます、というような態度で言った。霧咲はそんな榛名に少し低めの声で脅しかける。
「君、今寝たら問答無用で二回戦するからね」
「起きます、起きますっ」
セックスが嫌なわけではないけれど、明日は午後から仕事なのでさすがに少しキツイ。榛名は顔を上げると霧咲の顔がきちんと見える位置まで後ろに下がった。
霧咲は、何故か少し挑戦的な目で榛名を見つめていた。
「お友達と何の話をして、俺にあんなメールを送ってきたの?それがすごく知りたいんだ」
「え、普通に近況報告ですけど。結婚するって聞いたから、俺も思い切ってカミングアウトしたんです」
霧咲の目が丸くなった。親にも一応カミングアウトをしたのに、そんなに意外だったのだろうか。
「それで……お友達はなんて?」
「なんか、変に喜んでくれましたよ。女は嫌だけど男なら許せる、とか言って」
「郁さんって君のコト女性と思ってないかい?」
「女友達的なノリではありますね。でも看護学校に居たら男はみんなそんなもんですよ、肩身が狭いったらない……敵やパシリにされたくなかったら、もはや同化するしかないんです」
「へぇー」
感心したように返事をする霧咲に、榛名は何故か少し恥ずかしくなった。自分を女っぽいと思ったことはないが、『同化するしかない』なんて言ったら変な誤解をされたかもしれない。
ある意味誤解ではないのだが。
「それで、愛してるって言ってくれたのは?」
「理由なんて……ただ、メールではそういうの言ったことないなあって思って。誠人さんは俺によく言ってくれるから、俺もたまには返したいなって思って……書いてしまいました。あと郁が惚気させてくれたから、ちょっとテンションが高くなってたのかも」
「ノロケ?君が俺のことを?」
「はい。誠人さんの画像を見せたら、本当にこの人と付き合ってるのかって疑われて……申し訳ないと思いましたがメールを一通見せちゃいました、すみません」
「それは別に構わないけど」
(構わないんだ……)
榛名だったらそんなメールを他人に見せられたら恥ずかしくて憤死する自信があるのだが、霧咲にとってはあのようなメールを送るのは何でもないことに違いない。『慣れ』ではなく、『愛してるのだから当たり前』という意味で。
「俺は郁にはちょっと逆らえないんですよ。弱みも握られてますしね」
「弱み?」
「はっ、何でもありません!」
言ったあとでしまった、と思った。先程『同化する』なんて言ったから、ついアノコトが思い浮かんでしまったのだ。榛名が高校一年の時にミスコンで優勝したという事が。
「どう見ても何でもなくないよね。何だ?俺が知らない君の弱みがあるなんて許せないな」
「や、弱みってほどでもないです……知ってるのは郁だけじゃないし……」
「じゃあ言えるよね?あ、勿論言うまで寝かさないよ?分かっていると思うけど」
榛名はにこやかにほほ笑む霧咲にがっしりと両肩を掴まれて、もはや逃れることもできない。
言うしかないのか。自分で、あの黒歴史を……。しかしそうしたらきっと霧咲は例の写真を見たいと言い出すに違いない。それだけは絶対に無理、本当に嫌だ。
「無理無理無理……それだけは無理」
「何?弱みってほどでもないって言ったじゃないか。何なの?」
榛名のその態度に、ますます霧咲は疑問を強めてくる。当たり前である。
「だってその、男としてヤバいっていうか……とにかく、俺の黒歴史なんです!」
「何……もしかして同級生の女の子を妊娠させちゃったの?」
「は!?そんなガチな黒歴史じゃ……っていうかそれはホントにヤバいじゃないですか!そこまで最低じゃありませんよ!」
「勿論冗談だけどさ……でも君、言わないと俺にずっとそう思われることになるよ?」
「それはもっと嫌です。分かりました、言いますよ、言います!けど笑わないでくださいね?笑ったらしばらく口きいてあげませんから!」
しばらくというのはきっと数分だけだろうなと思いながらも、霧咲はうんうんと頷いた。榛名がこんな必死だなんて、相当恥ずかしいことに違いない。
想像するだけで既に笑えてくるのだが、必死な恋人のために必死で表情筋を落ち着かせた。
「じ、じつは……」
榛名は意を決して話し始めた。女の子を妊娠させただなんて、そんなとんでもない勘違いをされるよりはマシだと思ったからだ。死ぬほど恥ずかしいことに変わりはないのだけど。
「高校一年の時にですね」
「うん」
「郁と他の女子の悪ノリで、女装をさせられて」
「うん」
「化粧までしたらかなり可愛いとか言われまして、」
「うん、うん」
「そしたらその年の文化祭のミスコン、看護科代表にされて……」
「ほう」
「ゆ……優勝したんですっ」
「へえ、すごいなぁ!」
まるで何かの資格でも取れてよかったね、とでも言うような平凡な霧咲のリアクションに――もちろん榛名のためにわざとやっているのだが――榛名は余計に恥ずかしくなってしまった。
「あの、笑ってください」
「嫌だよ、君に口きいてもらえなくなるだろ」
「それ、取り消しますから。お願いだから笑ってください!笑って貰えないのって逆に恥ずかしすぎました……!」
榛名の顔は真っ赤で、それを隠すように霧咲の胸の中へと潜り込んできた。恥ずかしさに悶えているのか、額をグリグリと霧咲の胸に押し付けてきて耳まで真っ赤に染まっている。
霧咲はそんな榛名の行動にクスクス笑って頭を撫でながら、
「そう?じゃ、明日亜衣乃に話してみようか、そしたら一緒に大笑いしよう」
と提案してみた、が。
「勘弁してください!俺の威厳が!」
「……君にそんなものあったかい?」
「ひどい」
「嘘だよ、泣かないで」
「泣いてません!」
霧咲はくつくつ笑いながら榛名の頭を撫で続ける。榛名はぷりぷりと怒りながらも、気持ちのいい霧咲の手からは離れようとせず、目を閉じかけた。
すると、また寝るのを阻止するかのように霧咲が話しかけてきた。
「ねえ、郁さんの連絡先を教えてよ」
「何でですか?……あ、写真を見せてもらう気ですね!絶対に教えませんからっ!」
「写真があるの?」
「げっ」
またしても、やらかした。榛名はにっこり笑う霧咲の顔を見て、もう否定のしようがないことを悟った。
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