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第125話 榛名が女装したときの話

《※榛名くんと郁さんが高校生の時のお話です》 *  「ねえ榛名、一回私と制服交換せん?」 「は?」  榛名がいきなり親友の郁にそんなことを言われたのは、体育の授業中だった。 「(なん)言いよっと……郁、俺の性別知っちょる?」 「知っちょーわ、榛名って私と身長そんな変わらんしさ、肩も細いし身体薄いし絶対女子の制服着れるって!」 「身長……10センチくらい違うっちゃけど、郁にとっては誤差の範囲?あと身体薄いって言うな。着れるか着れないかの問題でもないし」 「うふ、私男子の制服一度着てみたかったっちゃわー。ね、お願い!決定!」 「そっちか。って……決定!?」  押しに弱い榛名が郁に逆らえるはずもなく、そのまま体育の授業は終わった。  看護科は女子の人数が圧倒的に多いため、女子は教室、男子は更衣室で着替えるのだが、榛名はジャージ姿のまま制服を持って教室に来させられた。中にいる女子全員が着替え終わった頃を見計らって、教室に入る。 「榛名ーぁ!こっちこいこい」 榛名と同じくジャージ姿だった郁に手招きされ、榛名は郁のもとに行った。 「ホントに俺、郁の制服着ると?」 「さっき決定したやん」  郁は本当は男子の制服が着たかったわけではなく、単に榛名に女子の制服を着させたかっただけである。  そして榛名がため息をついて郁の制服に袖を通したところ、何事かと二人の周りに女子が群がってきた。女子の前で着替えるのは恥ずかしいが、堂々とズボンを脱いで着替えようとしたら郁に止められ、スカートを履いたあとにズボンを脱ぐ、という方法を伝授された。 「郁、スカート腰回りがゆるい、落ちそう」 「男子のくせに私より細いとか腹立つわー。てか、似合うなオイ」 「榛名カワイイー!てっげ似合っちょるよー!!」 「ホント可愛いー!メイクもしよーや!」 「え、ちょ、ちょっと!」  あれよあれよと女子に囲まれ、榛名はあっという間にオモチャにされた。  ファンデーションを塗られ、アイラインを引かれ、マスカラを塗られて色つきリップを塗られ……もうすぐ帰りのホームルームが始まるというのに、自分の制服には着替えさせてももらえない。 「げー!ちょっとまじでてげ可愛くない!?これヅラ被ったら完璧くない!?」 「あたしウィッグ持っちょーよぉ~、黒髪ロングストレートのハーフウィッグ」 「それ被せたい!明日持ってきてよ!」 「あの……勝手に盛り上がらんでくれん?」  もはや榛名が何を言おうと、女子は止まらない。 「ていうか榛名、文化祭のミスコン出れるっちゃないと?看護科一年の代表でさ、商業科の女子負かせるっちゃない!?」 「あー絶対イケる!ミスコン目指して榛名を可愛くしようや!ギャルばっかの商業科が男に負けるとかてっげウケる!!」 「男は清楚系好きやしね!絶対榛名の優勝やじ!」  看護科と商業科は、お互い殆ど女子しかいないクラスのせいか犬猿の仲だ。 「あの、何の話をしちょると……?」  もはや自分にはどうにもできないところまで話が進んでしまっている。涙目で親友を見ると、慰めるようにぽんと肩を叩かれた。 「諦めろ、榛名!」 「………」 それは、すごくいい笑顔だった。 *  文化祭当日。  今日に至るまできっぱりと断れることもなく、榛名は郁の制服を借りて再び女装してミスコンが始まるのを待っていた。  隣には郁がマネージャーの如く一緒にいて、メイクの直しやら髪の直しやらをしてくれている。 「榛名ぁ、ちょっと前髪切ろっか」 「は?」 「前髪うっとおしいっちゃわ。それにぱっつんの方がより顔が見えるし、女子にも見えるし」  そう言って、郁は筆箱から大きなはさみを取り出した。さすがにそれは榛名も必死で抵抗した。 「ちょっと待って、それだけは勘弁して!今日が終わったら俺二度と女装なんてせんちゃから!」 「やかましいっ、それなら今日一日は完璧に女子になりきらんね!優勝どころか商業科に負けたらアンタ、明日から自分がどんな扱い受けるかわかっとるとや?みんなの期待を裏切らんでよ!」 「俺が希望したわけじゃないとに!」 「ガタガタ言わんと、早よトイレ行くよ!」 「横暴!!」  連れて行かれたのはもちろん女子トイレだ。榛名は恥ずかしくて仕方がなかったが、榛名を男だと知っているのは看護科の女子一年だけなので、すれ違う男からは熱い視線を送られていた。 「今の子見たか?」 「すっげぇ可愛かったな。何科やろ?」  トイレで郁に前髪をざくざく切られ、視界はよくなったが日本人形のようなぱっつんヘアスタイルにされてしまった。 「お、俺の前髪が……」 「ほら、ワックスで整えるからこっち向く!」 「うう」 「泣くな、メイクが落ちる!」  そして、校内放送が流れた。 『午後からのミスコン参加者の方は、至急体育館に集合してください』 「あ!呼ばれちょ。榛名、行くよ!」 「ホントに俺が出らんといかんと?郁、代わりに出てよぉ」 「何言っちょっとや、悔しいけどアンタの方が私よりだいぶ可愛いわ!くそむかつくけど!」 「えええ」  全然嬉しくないと思いながらも、榛名は郁に手を引かれながら急いで体育館へと向かった。 *  参加者控えの舞台裏には、当然郁は一緒に行けなかった。周りにいるのは気合いの入った女子達と、ウケ要員の女装した男子たち。  さすがミスコンに出るだけあって自信があるのか、女子は皆気が強そうな子ばかりだった。その中で榛名はひとり、涙目になって緊張でガタガタ震えていた。 「ねえ、あんた看護科?」  中でも一番ギャルっぽい、商業科の女子に声をかけられた。茶髪もピアスも化粧も一応校則で禁止されているのだが、商業科の女子でそれを守っている生徒は一人も見たことがない。  看護科は少し派手にしただけで怒られるので、それが商業科の女子と仲が悪い原因の一つでもあった。 「初めて見る顔やけど、サクラとかじゃねーとよね?」 「!!」  ぶんぶんと首を横に振る。郁から極力喋るな、と言われていたので声は出せなかった。(声で男だとバレるからだ) 「フーン……ま、看護科のダサい奴らに負ける気せんけどね」 「……!」  言い返したかったが、グッと我慢した。そしてその時、初めて負けたくないと思ったのだった。 * 「では次、エントリーナンバー7、看護科一年のはるな☆さんです!」  名前はフルネームで無くてもいいようで、他の女子も下の名前だけで出場していた。榛名は苗字だが、郁がはるな☆という名前でエントリーしていたようだった。 (負けたくないって思ったけど……やっぱり舞台に立つと緊張する!)  目立つのが嫌いな榛名は、大勢の人間の前に立つことなどほとんどない。小学校の卒業式の時に、ひとりひとり卒業証書を貰った時以来だった。   震える足でなんとか舞台上に並び、名前を呼ばれてそっと顔を上げたものの、保護者を含めた観客の多さにぱっとまた下を向いてしまった。 「はるな☆さん顔が見えませんよー、ちゃんと顔上げてくださいねー?」 (くそ司会者……!)  司会は司会の仕事をしているだけなのだが、榛名は無理矢理顔をあげさせようとする司会の三年生の男を恨み、心の中で悪態をついた。けれど、やはり負けたくないという思いからゆっくりと顔を上げる。 「お、おおおお!?」  司会が素っ頓狂な声を上げる。もしかして男だとバレたのだろうか。 「はるな☆さん、とっても可愛いですね!こんな可愛い子が看護科に居たなんて知らなかったです!明日からモテモテで大変ですよ!!それでエントリーナンバー7のはるな☆さん、ご趣味は!?」 「………」 「では、好きな食べ物はなんでしょうか!?」 「………」  喋るなと言われたのだが、緊張して声が出なかった。思わず涙目になって上目使いに司会の男を見つめたら、司会はまたもや度肝を抜かれたような顔をして。 「はるな☆さんは緊張のあまりしゃべれないようですね!それもまたイイです!では次にまいりましょう、エントリーナンバー8、2年英数科の――」 (はぁ…終わった)  投票の時間になり、やっと榛名はミスコンから解放された。見ていた客の反応は…… 「おい、お前ら誰に投票すっとけ?」 「はるな☆ちゃん一択やろ!他はブスやったじ!」 「はるな☆ちゃん、涙目がてげ可愛かった……」 「メアド知りてぇ……あとでみんなで看護科の教室行こううや」 「あんな可愛い子、入学式の時は見らんかったけどな~、マジで彼女にしたい」  などなど、謎の美少女はるな☆の人気は上々だった。 * 「榛名、お疲れ!」 「郁……ウィッグ取って。メイクも落として」 「はいはい」  榛名は親友の姿を見つけ、その肩に額を付けてもたれかかった。死ぬほど緊張していたが、その顔を見た途端に緊張の糸が切れた気がした。 「あ、まだダメやわ。順位発表されたときに表彰でまた舞台上がらんといけんし」 「え~!!もう勘弁してよ!」 「ダーメ、かなり評判良かったから優勝も期待できるとよ!」 「嘘やろ……みんな目が節穴すぎるわ」 「そう思ってんのは榛名だけやって!優勝したら写真撮ろうやね」 「後に残したくないぃ!!」  しかしそんな榛名の願いは叶わず、その後の校内放送で榛名は見事ダントツでの優勝を告げられたのだった。  そして閉会の体育館で、また一言も喋らない授賞式を終えて看護科の友達と写真を撮った。最後はもうヤケクソで、自らピースサインを作っていた。 * 「ふふっ」  一枚の懐かしい写真を見て、郁は思わず笑みがこぼれた。 「郁ちゃん、何見てるの?」 「えー?高校の時の写真だよ」 「何それ、見せて見せて」  半年後に結婚する婚約者に笑っているところを見られて、郁はその写真を彼に見せた。 「わあ、郁ちゃん若い……すごく可愛い。けど、隣の子も相当可愛いね?」 「でしょ?親友なの。ミスコンで優勝した時の写真だよ。私がメイクとか髪とか色々してあげたんだー」 「へー、どおりで。もしかして今度会う約束してるのってこの子?」 「そう、榛名っていうの」  苗字しか教えないのは、意図的だ。 「ハルナちゃんかぁ。結婚式にも来てくれるんだろ?すごい美人になってるだろうなぁ」 「花嫁を前にして、鼻の下伸ばさないでよね?」 「の、伸びてないし伸ばさないよ!」  別に伸ばしたっていいけどね?榛名は男なんだから。でも、それは結婚式当日まで教えてあげない。  そう思って、郁はニヤリとほくそ笑んだ。

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