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第126話 伯父と姪がケーキを作る話
1月18日平日。今日は榛名の誕生日である。本人が気付いているのかどうかは不明だが、ここ霧咲宅ではやけに張り切っている者が2名……いや、1名いた。
「よぉし!まこおじさん、アキちゃんが来る前に頑張ってケーキを作るよ!」
「ああ……まずはホットケーキだな……」
張り切る姪と、疲れきっている伯父だ。
伯父――霧咲は姪がチョイスした可愛らしいエプロンを着用しているが、恐ろしいほど似合っていない。しかしエプロンの柄などにこだわりはないので、嫌で仕方ないということもない。
ちなみに姪――亜衣乃は、学校の家庭科の授業で作ったという自作のエプロンを着けていた。
霧咲が疲れている理由は、今日はもともと仕事は午前だけだったのだが、急にオペが入ったために全ての仕事が終わったのが15時過ぎで、そして一旦帰る余裕もなく姪を迎えに行き、そのまま今日の買い物を済ませてきた。
現在の時刻は16時30分。榛名がここに来るのが18時の予定だ。それまでにケーキを完成させなければならない。別に嫌ではないが、少し休ませて欲しいのが本音だった。
そんな伯父の事情など、張り切る小学生の姪には全く関係ないのだが。
「亜衣乃は昨日のうちにスポンジから焼きたかったのに!」
亜衣乃がプリプリ怒って霧咲に抗議する。
「スポンジは素人が手を出すものじゃないらしいぞ、ほとんど失敗に終わるらしいからな。それにうちにはオーブンなんてないし……電子レンジじゃ少し不安だろう」
「この機会に買えば良かったじゃない」
「調理機器を買うときは一番調理をする者の意見を聞かないと後で後悔するんだぞ。買うなら暁哉が一緒じゃないと」
「ふうーん?」
亜衣乃は首を捻って怪訝な顔をしているが、とりあえず納得はしたようだった。
「ほら、早く作らないと暁哉が来るぞ」
「はーい!」
こうして、伯父と姪の初めての共同作業である、ケーキ作りが始まった。
*
透明なボールの中にはホットケーキミックスと、分量通りの牛乳。そして、砕けた殻ごとinしてしまった卵が無残な姿で入っていた。
「………」
「亜衣乃おまえ……卵も割れなかったのか」
「成功率は50%くらいかしら?」
「それを早く言いなさいよ」
あまり悪びれる様子の無い姪に、俺の方がまだうまく割れるぞ、などとブツブツ文句を言いながら菜箸で殻を取り除く。この段階でコレとは、なかなか時間が掛かりそうだ。
一つ一つ丁寧に取り除いていくが、既に牛乳も入っているため何とも取り出しにくい。
菜箸ではなく攝子 が欲しかった。
「よし……多分全部取り除けたぞ。じゃあ亜衣乃、よくかき混ぜなさい」
「はーい!」
最初からこういう簡単な作業だけを任せるべきだった。卵の殻取りに集中したせいか、目と肩が痛い。年を取ったものだとしみじみ実感してしまった。
「まこおじさん、混ざったよ!」
「ああ……えーと次はどうするんだ、フライパンの準備か。油を引いて火にかけて……」
霧咲はホットケーキミックスの裏に載っている説明書きを読みつつ、フライパンに火をかけた。
榛名は何本か種類の違う油を霧咲宅に置いている(サラダ油、オリーブ油、胡麻油)のだが、どれを使うべきかよく分からなかったので、霧咲は適当に胡麻油を手に取ってフライパンに流し入れた。
「あ、ちょっと入れすぎたような……まあいいか。なんか香ばしい匂いがするな」
「亜衣乃が焼く!」
霧咲が焼こうと思ったのが、亜衣乃は焼きたくてたまらないらしく騒ぎ出した。
「でも火を使ってるんだから危ないぞ」
「火くらい調理実習で小学生でも使うよ!」
「それもそうか」
卵もろくに割れない姪の言葉に何故か納得して、霧咲は亜衣乃と場所を変わった。そして強火にかけたままのフライパンに、直接ボールの中身を2分の1、どぷどぷと流し入れた。
強火にかけているため、フライパンの底いっぱいに広がっている液の表面はあっという間にぷつぷつと泡を浮かばせ始めた。
「おじさん、これいつまで焼いてたらいいの?ていうかすごい勢いで沸騰してない?」
「焼いてるんだからこんなものじゃないのか?」
「なんかアヤシイ気がする……でもこんなにドロドロじゃまだひっくり返せないよね」
「ひっくり返す?それは一体どんな技術が必要なんだ?」
霧咲はもう一度ホットケーキミックスの説明書きを読んで、弱火で焼くという箇所を発見すると慌てて火を弱めた。
「いかん!焦がすところだった……弱火で三分間焼くみたいだぞ」
「三分も?でももう結構焼けた気がするんだけど……ひっくり返してもいい?」
亜衣乃がフライパンを持ち上げようとしたが、よろめいたため慌てて阻止した。
「おい、危ないからやっぱりそれは俺がやる!お前にはまだ無理だろう」
「えー、しょうがないなあ。仕方ないからまこおじさんにやらせてあげる」
口ではそんなことを言っているが、うまくひっくり返す自信がないため安心している亜衣乃だった。もちろん霧咲にも、うまくひっくり返せる自信など無い。
「ちなみに、どうやってひっくり返すんだ?」
「ひょいって手首を返して?でもサザエさんは勢い余って天井に貼りつけたりするよね」
亜衣乃はアニメで見た通りの、手首のスナップをきかせたホットケーキを裏返す仕草を霧咲にやってみせた。しかしその動作を見た霧咲は眉間に皺を寄せて考え込んだ。
「そんなに勢いをつけて吹っ飛ばすとか危険極まりないな……怪我をしたら危ないじゃないか、よし、ここは安全に箸でひっくり返そう」
「お箸で?できるの?」
「他にひっくり返す道具は無いだろう」
普段料理を全くしない霧咲や亜衣乃には、フライ返しという便利な道具の存在は微塵も思い浮かばなかった。勿論、皿や蓋を使ってひっくり返すという方法も。
「「…………」」
無言。二人の間に会話はなく、硬直している。
二人の目の前のホットケーキは、パタンと2枚に折り畳まれていた。しかもその片面は真っ黒に焦げ付いている。
「亜衣乃、丸いケーキがいい……半月型はやだ」
「い、今から戻すから安心しなさい!」
霧咲はフライパンを傾けながら、なんとか火傷しないように元の形に戻そうと奮闘する。その様子を亜衣乃はハラハラした様子で見つめており、思わず「アキちゃんがいればなー」と口にしてしまった。
「い、今のはウソだよ!まこおじさん!」
慌てて口を手で抑えるが、時既に遅し。しかし霧咲は暗に『役立たず』と言われたことを気にする様子はなく、最もだという表情で言った。
「亜衣乃……ここで一旦作業を中断して、暁哉が来るのを待っててもいいんだぞ。液は半分残ってるし。そうするか?」
榛名は料理が凄く得意なわけではないが、この2人に比べれば余程手慣れている。一人暮らしの男のレベルではあるが。
「だめっ!それじゃプレゼントにならないもん。亜衣乃、アキちゃんにケーキ作ってあげたいから、2枚ともちゃんと焼くよ!」
「そうか、分かった。じゃ、続けるぞ」
「うん!」
そうは言ったものの、裏返した方の面も黒く焦がしてしまった霧咲だった。
*
2枚目は、最初の失敗を踏まえて慎重に弱火で焼いた。フライパンに引いたのは同じく胡麻油だったが。
そしてまたしても大量に液を投入したせいで、ひっくり返すのに失敗した。しかし今度は焦がさなかったので、とりあえず2人はふう、と安堵のため息をついた。
中が生焼けなことには勿論気付いていない。焦げた方のケーキを下にして、その上に生焼けのケーキを重ねた。
「よし、とりあえず二枚は焼けたな!それでこれからどうするんだったか?」
「生クリームで周りをコーティングして、イチゴをたくさん乗っけるの!」
「よし。生クリームは冷蔵庫だな」
生クリームは既に亜衣乃が持ってきていた。既にクリーム状になっており、後は絞り出すだけの便利なタイプだ。
「まこおじさん、フタ固いからあけてー」
「はいはい」
空けた瞬間にクリームが飛び出してしまわないようにそっと開ける。しかし自分じゃなくて、もしコレが榛名の顔に掛かったら……と想像するとなかなかに楽しい。
思わずニヤけそうになったが、隣で姪がわくわくした顔で見ているため、自重した。
「ほら、開いたぞ」
「じゃあ、かけまーす!ぶちゅーっ」
亜衣乃は勢いよく、ケーキの形に添って生クリームを絞り出した。しかし、ここでまたもや問題が発生した。
「おい……生クリーム、溶けてないか?」
「そんな感じがする」
まだ熱が冷めていないケーキの上に絞り出したものだから、ケーキの熱で生クリームが溶かされていったのだ。二人がじっと見つめていると生クリームは更に溶けて広がり、汚く皿の上にぽたぽたと流れていく。そして霧咲は、何かを思いついた、という顔で亜衣乃に言った。
「なあこれ、冷やしたらまた固まるんじゃないか?そして綺麗に塗り直せば…」
「亜衣乃もそう思う!じゃ、アキちゃんがくるまで冷蔵庫で冷やしたらオッケーだよね」
「ああ!」
全然オッケーではない。しかし二人はクリームがだんだん溶けていくにも関わらず、気にせずに更に上から絞り出していき、スプーンで表面に伸ばしていった。
そしてクリームを塗り終ったあと、季節外れで高かったイチゴを均等に並べていく。とりあえずこのケーキの中で唯一まともに食べれるのは、このイチゴだけだろう。
「できたあ!」
「お世辞にも綺麗とは言えないが……ま、冷やして出したらなんとかなる……かも」
「うんっ!アキちゃん、喜んでくれるかな?」
「それはどうだろうな……」
《ピンポーン》
「「!?」」
マンションのエントランスのチャイムが鳴り、二人は同時に時計を見た。現在、17時50分。律儀な榛名は、来ると言った時間の10分前に霧咲宅に訪れたのだった。
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