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第128話 霧咲、ありがちなセリフを言いたがる
その後は霧咲が頼んでいたという出前の寿司を食べながら――榛名がケーキを食べている途中に到着した――三人で団欒をした。
「あ!そうだ、何かが足りないと思ったら……ろうそくだ!」
好物のマグロの寿司を食べながら、亜衣乃が思い出したように言った。
「ローソク?ああ、ケーキ用のやつか。29本買うのを忘れていたな」
「いいですよ、そこまでしてもらわなくても。誕生日にケーキを焼いてもらったこと自体が小学生の時以来ですし……本当に嬉しかったです、二人ともありがとう」
「アキちゃん、お腹痛くなってない?」
亜衣乃はまだ榛名の腹の心配をしている。
「大丈夫だよ。そうだ亜衣乃ちゃん、今度の休みに一緒にホットケーキ作ろうか?今日あんまり食べてなかったし。俺もそんなに作ったことないけど、ひっくり返すのはできるから」
「ほんと?お箸でひっくり返すんじゃなくて!?」
「むしろ箸使った方が難しいと思うんだよね」
「………」
榛名は霧咲の方を見てクスクスと笑った。先程、亜衣乃が如何に霧咲の手際が悪かったのかをペラペラと話していたのだ。
しかし霧咲は、「人には不得手なものもあるんだからしょうがないだろう」と少し唇を尖らせて言っただけで、他には特に反論しなかった。
*
亜衣乃を寝かせたあと、霧咲は榛名を車で自宅まで送って行くことにした。そして車内で霧咲は榛名に質問した。
「君、本当にいつうちに引っ越して来るんだ?」
「そうですねえ……俺としては籍を入れたあとが区切りとしてもいいかなって思ってるんですけど、その前に実家の両親にも言わないとなって」
「……そうだね。俺も君のご両親に挨拶がしたい。それと一度言ってみたかったんだ、息子さんを僕にください!っていうありがちなセリフ」
「それ、世間的にはあまりありがちじゃないと思いますよ」
「そう?」
とぼけた顔でそう言う霧咲が可笑しくて、榛名はまたクスクスと笑った。
赤信号に捕まり、霧咲は車を停止させる。榛名は立て続けに思い出し笑いをしているらしく、くすくすと笑い続けている。そんな榛名を、霧咲は愛おしげな目でじっと見つめてた。
その視線に気付いた榛名は、ふと笑うのをやめる。
「……なんですか?」
「いや。可愛いな、と思ってね」
「何言ってるんですか」
「俺は事実しか言わないよ」
すると霧咲にグッと腕を引き寄せられて、そのままチュッと軽いキスをされた。
すると後ろからクラクションを鳴らされ、榛名は信号がとっくに青に変わっていることに気付いた。
「ちょっ、誠人さん信号!変わってます!」
「分かってるよ。チッ、邪魔しやがって……」
「子どもみたいに舌打ちしないでください、今のは誠人さんが悪いですよ」
ジト目で見つめてくる霧咲に、榛名は本当に大きな子どもみたいだと少し呆れた。しかし、そんな一面を見せてくれるようになったことが嬉しくも感じる。
なので。
「着いたら、ちゃんとしたキスしましょうね」
説教のあとのフォローも忘れない。
「本当、君には敵わないなぁ」
「戦おうとしないでくださいよ」
霧咲の機嫌はあっさりと治ったようで、とりあえず安堵したのだった。
榛名のマンションの前に着き、霧咲が確認する。
「じゃあ土曜日、朝の8時頃に迎えに来るからね」
「はいはい、お待ちしてます。……先月、この週の土日は空けとけって言うから何かと思えば、旅行だなんてほんと突然すぎますから。よくこのシーズンに宿の予約取れましたね」
霧咲は、榛名の誕生日祝いのために旅行の計画を立てていたのだが、榛名がそれを知ったのはつい先ほどのことだった。
「半年くらい前から予約してたからね」
「そんなに!?俺、誕生日とか教えたことありましたっけ」
「まあいいじゃないか。それよりほら、ちゃんとしたキスとやらをしてくれないか?勿論、言いだしっぺの君からね」
「もう」
榛名はキョロキョロと周りを見て、車の周囲に誰もいないことを確かめた。そして霧咲の首に軽く手を回し、ゆっくりと近付きながら霧咲の顔を自分の方へと引き寄せる。
「ン……」
今度は一瞬ではなく、ゆっくりと隙間なく唇が重なる。すると霧咲が榛名の腰をグイっと抱き寄せて、二人の身体は更に密着した。
「ん……っ、ふ、チュ、……チュプ、クチュ……」
少し乾き気味だった互いの唇を湿らすように、何度も角度を変えてキスをした。気持ち良くて、ここが屋外だということを一瞬忘れそうになる。しかし、忘れない内に榛名から声をかけた。
「ちょ、誠人さん……これ以上はダメですっ、色々とヤバいから」
「何が?」
「いや、ここ外から丸見えですよ!?」
「外だからヤバいの?」
「………」
それもそうなのだが、本当にヤバいのは……
「……我慢、できなくなるから」
抱かれたくなるからだ。
「しなくていいよ?」
「ダメです、明日もお互い仕事でしょう」
榛名の言うことはもっともだったので、霧咲は苦笑して榛名から離れた。それにお互い、このまま誰が通るかもわからない場所に路駐している車内でコトに及ぶほど、無節操でも非常識でもなかった。
「じゃあ、今夜の分のお楽しみは週末まで取っておくことにするよ」
「亜衣乃ちゃんもいるんでしょう?ダメですよ」
「もちろん、子どもが寝たあとさ」
「もう……」
そう言いながらも、榛名の顔は紅潮していた。それは決して嫌ではないということだ。
「おやすみ、暁哉。明日も頑張って」
「おやすみなさい。お互い頑張りましょうね」
恋人というより職業人らしい挨拶をして、榛名は車から降りた。そして霧咲のポルシェが見えなくなるまで、ずっと見送っていたのだった。
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