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第139話 二宮、とりあえず一服する
二宮は、堂島を抱きしめたままの体勢で考え込んでしまった。
そんな二宮にイライラした堂島は、抱きしめられたままで叫んだ。
「~~っもおぉ、こういうことの責任取るっつったら方法は一つしか無いでしょう!この後に及んでボケないで下さい!!」
「ンッ……?」
二宮を引き剥がしたかと思うと、今度は首をグイッと引き寄せて、思わず歯がぶつかり合うような激しめのキスをした。
「…………」
「普通に考えて、責任取るってのはこういうことっしょ……」
(え……!?)
堂島の行動に、二宮は頭が付いていかない。なんでいきなり、キスなんか。
自分たちは男どうしで、同じ職場の仲間で、先輩後輩で。
キスをすることの不自然な理由は沢山ある。
「……堂島」
「何っすか」
けれど何故か気持ちの方は、
「俺、頭がおかしくなったのかも」
「元々おかしいっしょ!ウイスキー飲んだら人格変わるなんて聞いたことねぇ」
「なんかお前のことが、さっきからすげぇ可愛く見えるんだけど」
さっきから、妙な感覚に襲われている。 二宮は至極真面目な顔で、今の気持ちを正直に堂島に告げた。
「……っはぁああ!?」
「だから、お前の泣いた顔とその行動がさ。男なのに、可愛く見えるんだけど」
昨日のことを覚えていないと言ったら、怒って泣きわめいて。抱きしめたら腕の中に大人しく収まって。「責任を取れ」とキスをしてきた。
二宮の勘違いでなければ、責任を取るということはつまりそういうことで。
襲われたと言った癖に、そんな提案をしてきた堂島がすごく可愛く見えたのだ。なんだかとてもいじらしく思えてときめいた。
「……っ」
自分の言動一つで、たちまち真っ赤になるその顔も、自分が普段職場で見ている彼の姿とは全く異なっていて。
昨夜交わったことは全く覚えていないのに、身体が覚えているとでもいうのか。
――ドキドキする。
「……なぁ、堂島」
「な、なんッスか」
堂島は、ふてくされたような返事をした。仕事の時に注意されたような、そんな感じ。
でも今は、何故かそんな態度も照れ隠しのようですごく可愛く見えてしまう。
「俺からも、キスしていいか?」
「……っ」
真っ赤な顔で自分を見つめる頬にそっと触れて、顔をぐぐっと近づける。
けれど、ちゃんと堂島から許可が出るまでは、何もしないでいようと思った。
これ以上自分の軽率な行動で怒らせるのは可哀想だし、照れているような焦っているようなその表情をもう少し見ていたいから。
目の前には、堂島の少し腫れた赤い唇がある。昨日自分は堂島の言った通り乱暴にこの唇を貪ったんだろうか。
押し倒して、彼の身体をめちゃくちゃにしたんだろうか。
どうやって?
その辺りの記憶はない
けれど今はただ、目の前の堂島が可愛くてキスがしたい、と思うのは二宮の男としての本能だった。
おかしいことは、重々承知しているが。
「……昨日あんだけ好き勝手してくれたくせに、今さら遅いんスよ」
「すまん」
「でも……」
「?」
「キスだけはすげぇ優しかったなんて、本当に先輩はずるいッス……」
少し悔しそうにそう言って、目を逸らす堂島。
(ああもう。本当にこいつ……)
まだ許可は出ていなかったが、到底我慢できる筈もなく、二宮は堂島にキスをした。
*
「とりあえず、今日は帰るッス……」
赤い顔をしたまま、堂島はそう言った。二宮は堂島を帰したくなかったが、自分もこのめちゃくちゃな状態の部屋を片付けなければいけないという使命があるので、「分かった」と物分り良く返事をして、玄関まで見送った。
そして堂島がドアを出ていく際にも、腕を引っ張って振り向きざまに軽くキスをした。
「~~……っ!」
「じゃあ、また明日な」
「……ッス」
自分達は今、どんな関係なのだろう。
ただ酒に溺れて、身体を重ねて(正確には自分が襲ったらしいのだが)、泣いている堂島に妙な情が湧いただけなのか。
それとも……。
(……後から考えよう)
とにかく、今は掃除をすることが先決だ。布団もコインランドリーに持っていかないと、今夜の寝具が無い。
コインランドリーに行き、掃除もすべて終えたあと二宮はふとあることを思い出して電話を掛けた。相手は、大学時代の友人だ。今は1年に一度会えばいいくらいの頻度で会っている。同じバンドを組んでいたし、自分にウイスキーは二度と飲むな、と忠告した人物でもあった。
『ほーい』
「もしもし、坂口?二宮だけど」
『おう、久しぶり。どうした?』
「あのさ、俺、大学の時ウイスキー飲んだだろ。お前俺が何やらかしたのか絶対教えてくれなかったけど……一体何したんだ?本気で教えてほしい。聞いても後悔しないから」
挨拶もそこそこに、捲し立てるようにそう聞いた。どうしても知りたかったのだ。もしかしたら二宮は、男相手にセックスするのは初めてではなかったのかもしれないと。
『なんで今更?もしかしてまたウイスキー飲んだのか?』
「おう」
『じゃあ想像つくだろ。似たようなことやらかしたんだよ』
「……相手、誰?」
『それも覚えてねぇのか?……アイツだよ、お前の追っかけやってたちょっと可愛い顔した男。あんなにお前にべったりだったのに、それ以来離れてっただろ。オカシイと思わなかったのか?』
ダメだ。うすぼんやりとしか思い出せない。
「急によそよそしくなったのは、彼女が出来たからだと思って気にしてなかった」
『お前ひでぇな……まあ、俺も本人から聞いただけなんだけどさ。お前と二人にしたこと、少し後悔してる』
坂口が言うには、ライブの打ち上げを二宮の部屋でやった時に、二宮は調子に乗ってウイスキーを飲んだ。しかし二宮のあまりにひどい酔い方を見て誰かが『もうお開きにしよう』
と言って解散したのだが、その男だけは片づけを手伝うと言って二宮の部屋に残ったらしいのだ。らしい、というのは二宮がそれらのことを全く覚えていないからだ。
そして坂口は、後日にその男から話を聞いた、という流れだ。それから男は二宮の追っかけをやめ、二宮は坂口に二度とウイスキーは飲むな、と忠告されたのだった。
「……教えてくれればよかったのに」
『やだよ、面倒くせぇ。大体お前男もイケるとか信じらんねーって思ったし。んで、今回も男相手に盛っちゃったのか?』
「教えてくれてありがとう、じゃ。また今度飲もうぜ」
『おい二宮!てめぇ聞くだけ聞いといて』
もう用事は済んだとばかりに、二宮は通話を切った。
成程、そういうことだったのか……。その男の顔は覚えていないけど、いきなり態度が一変したことは覚えている。それでも、彼のことはもとから何とも思っていなかったので、何とも思わなかった。本当に自分は、結構酷い男なのかもしれない。
堂島のこともまた、ただの同僚で後輩としか思っていなかった。どちらかというと自分が好意を抱いていると思うのは榛名の方だ。
けれど、今は堂島のことが頭から離れない。
「参ったな……」
この気持ちを、どうすればいいのだろう。
明日の月曜日は、また職場で顔を合わす。
その時自分は、いつものポーカーフェイスで居られるだろうか。
一人の、臨床工学技士の先輩として。
二宮は煙草に火をつけると、紫煙をくゆらせながら隅に置いてある置物と化したベースギターをぼんやりと見つめた。
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