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第142話 箱根にて
箱根湯本駅に着いて駅構内を出た後、榛名は最初に目に付いて気になったものがあった。
「あれって某アニメの……グッズ屋さんですか?」
某人気アニメ(エヴァ〇ゲリオン)のショップだった。等身大のフィギュアや奇抜な色のソフトクリームなどが飾ってあるため、かなり目立っている。
「ああ、なんか箱根はあの物語の聖地らしいよ。俺もそこまで詳しくは知らないけど、友人にすごいアニメが好きな奴がいるからな……」
「へえ、霧咲さんのご友人……て、そんな人がいたんですか!?」
「君ね、俺が友人の一人もいないとでも?」
榛名の素っ頓狂な驚き方に、霧咲は心外だ、という顔でジロリと榛名を睨む。
「い、いえ……、でもなんだか凄く意外な気がして。時々会ったりとかするんですか?」
「いや、そんな暇があったら君と一緒に居たいからほとんど会わないね。奴も俺に会うよりアニメを見てる方が幸せだろうし」
「はは……」
その友達もゲイなのかどうか知りたかったが、亜衣乃がいる為そこまで突っ込んでは聞けなかった。今の霧咲のセリフもあまり亜衣乃に聞かせたくない類のものだが、霧咲はもう開き直っているらしい。さすが姪というか、亜衣乃もさらりと聞き流している。
(でも、やっぱり気になるな……)
一体、霧咲の友人というのはどんな人物なのだろう。アニメ好きという情報だけでは気になって仕方がない。やはり霧咲と同じく医者なのだろうか。霧咲はどういう人間を友人だと認めるのか……二人の時に改めて詳しく聞きたい話題ではある。
そして出来るならば、その彼の友人に一度会ってみたいな、と榛名は思った。
「ねえまこおじさん、亜衣乃あの変な色のアイス食べてみたーい」
亜衣乃が奇抜な色のソフトクリームを指さして言った。
「紫と黄緑のドッキングだぞ、正気か!?……もうすぐお昼だから、その後に食べられたらにしなさい。他にも美味しいものは沢山あるんだし」
「えぇ~!」
亜衣乃は不満げな声を上げたものの、榛名の方をちらりと見ると「はぁーい……」と、素直に引き下がった。
自分にはあまり我儘なところを見せたくないのか、と榛名は苦笑する。我儘なところを見せたくないというよりも、我儘だと思われて榛名に嫌われたくないのだろう。
(そんなことで、嫌いになったりしないのになあ……)
「君が一緒だと、亜衣乃がすぐ言うことを聞いてくれるから助かる」
「あはは……」
「べ、別にアキちゃんがいるからってわけじゃないもん!一人で食べるには量も多いかなって思っただけだし!」
榛名はそんな亜衣乃の頭を優しく撫でて言った。
「帰りにでも、一緒にあのソフトクリーム食べてみようか?」
亜衣乃は少し黙ったあと「うんっ、まこおじさんは食べてくれなさそうだもんね!」と、にっこり笑って言った。
今の時刻は11時だが、観光地故お昼時はどの店もひどく込み合うため、早めに昼食を摂ろうということになった。幸い、ロマンスカーの中ではおつまみ程度のものしか食べていないので、榛名は小腹がすいていた。
「暁哉、お昼は何が食べたい?箱根の定番と言えばまあ、蕎麦だけど」
「亜衣乃、ハンバーグが食べたーい!」
「お前の意見は聞いてないんだが」
霧咲は亜衣乃を少し辛辣な目で睨む。
「あ、俺もハンバーグがいいです。ガイドブックにすごく美味しそうな洋食屋さんが載ってたので、行きたいなあって思ってて」
「ねー!亜衣乃もあれ見て食べたいって思ったの!さっすがアキちゃん!」
榛名は亜衣乃にニコッと微笑みかけたあと、霧咲に確認する。
「誠人さんも、いいですか?」
「俺は何でもいいんだけど……君、本当にハンバーグでいいの?」
「ハンバーグがいいんですよ」
霧咲は、榛名が亜衣乃の我儘に付き合ってるだけじゃないのかと少し心配になったが、できるだけ亜衣乃の希望を優先させてあげたいという榛名の気持ちを汲んでか、それ以上は何も言わなかった。
榛名が別に無理をしているわけじゃないことも分かっている。ただ、亜衣乃が可愛くて仕方ないということ。血が繋がっているわけでもないのに、本物の家族になろうと自分の姪を本気で可愛がってくれる恋人が、霧咲にはますます愛しく思えるのだった。
*
亜衣乃が持ってきたガイドブックを見て、洋食屋に向かった。まだ昼にはなっていないが、既に店内はほどほどに混んでいたため、早めに来てよかった……と霧咲と榛名はホッとした。別に亜衣乃は、腹が減ったと泣きわめく子供でもないのだが。
席に案内されると、霧咲は名物らしいハンバーグ定食を三人前素早く注文した。自分と榛名には食後のコーヒー、亜衣乃にはジュースを忘れずに。
「……あんまり箱根って感じの昼食じゃないな」
ナイフとフォークでハンバーグを綺麗に切りながら、霧咲がポツリとそう言った。
「そうですか?俺はすっごい旅行気分ですよ。なんか何食べても美味しい気がします、ホテルの食事も今からすごい楽しみですし」
榛名の言葉に、霧咲はふっと微笑んだ。榛名も、微笑み返した。
「このハンバーグおいしーい!……でも、亜衣乃はアキちゃんのハンバーグが一番好きかなっ」
「え!?」
「ああ、それは俺も同感だな」
「ちょちょちょっと二人とも、お店の人に聞こえますから……!」
別に聞こえてはいないのだろうが、榛名は大いに焦った。ハンバーグは一度作っただけだが、あの少し形の崩れた微妙なハンバーグが目の前の綺麗なハンバーグより美味しいだなんて、なんだかこの店のシェフに申し訳ない気持ちになる。
「勿論、このハンバーグも美味しいよ。でも、君のは特別だからね」
「うん、そう!きっとどんなハンバーグを食べても、亜衣乃はアキちゃんのが一番好き!」
「ふ、二人とも、恥ずかしいよ……」
(プロが作ったやつの方が、よっぽど美味しいと思うんだけどな……)
榛名は顔を赤くしながら、照れを隠すようにぱくぱくとハンバーグを口に運んだ。二人がどんな気持ちで言っているのかは分かっているのだけど、嬉しいよりも恥ずかしいのだった。
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