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第143話 箱根にて②

 昼食を食べた後、三人はバスで芦ノ湖へ向かった。遊覧船に乗った後はロープウェイに乗って、大涌谷を観光する予定だ。 「うわ、寒っ!」 「湖って寒いぃ!」 「亜衣乃、だからスカートはやめておけとあれほど言っただろう」 「だってぇー!」  芦ノ湖周辺は風が強く、箱根駅の周辺よりも寒さを切に感じた。ばっちり防寒している男の榛名が寒いのだから、やや薄着の亜衣乃はもっと寒いだろう。さっきから痩せ我慢をしていたのは分かっていたが、ここにきて限界が来たらしい。霧咲の腕にしがみつき、伯父を風避けにしていた。 「ああ……でも景色はすごい綺麗ですね。水面がキラキラしてるし、なんか、火曜サスペンスの舞台みたいな感じがします」 「え、死体が浮いてそうってこと?」 「いや、なんていうか……まあ、そうですね」 「アキちゃんたら物騒だよぉ」  3人はそんな会話をしながら芦ノ湖周辺を少し歩いたあと、遊覧船乗り場へと向った。待合室は観光客が多く居て外に並んでる間も寒かったが、中に入ったら少しは緩和された。 「あーっ外寒かったぁ!」 「近くにコンビニがあったらホッカイロでも買ってあげるんだけど……」 「いいのアキちゃん、亜衣乃我慢できるから!」 「でも、お腹を壊したら大変だよ?」  榛名と亜衣乃がそんな会話をしていると、近くに座っていた老婦人が声を掛けてきた。 「まあお嬢ちゃん、寒そうな格好して。わたし、貼るホッカイロを持ってるからひとつあげるわ、トイレで貼ってらっしゃい。女の子は将来赤ちゃんを産むんだから、お腹を冷やしたらダメなのよ」 「え!でも……」 「亜衣乃、貰っておきなさい。すみません、有難うございます」  亜衣乃の代わりに霧咲がカイロを受け取り、ぺこりと頭を下げた。榛名も「すみません、有難うございます」とつられて頭を下げる。その後、亜衣乃も二人の真似をして頭を下げた。 「ありがとうございます」 「どういたしまして。パパと……お友達と旅行なの?いいわねぇ」 「あ、はい。その……そうです」  夫婦で旅行に来ているらしい老婦人は、亜衣乃と霧咲の顔を見比べて親子だと思ったようだ。榛名は霧咲の子供にしては大きすぎるし、似てもいないので親戚とも思われず普通に他人と思われたのだが、なんとなく少し淋しい気がした。亜衣乃もどう返していいのかが分からず、少し返答に戸惑った様子だった。 (そりゃあ、俺たちが家族に見えるわけがないよね)  他人なのだから当たり前だ。こんな気持ちになる方がおかしい。榛名は自分にそう言い聞かせた。 「亜衣乃、乗船までまだ時間があるから下着にカイロを貼っておいで。一人で出来るか?」 「できるよぉ。じゃあちょっと行ってくるね」 「あ、俺もトイレ行ってきます」 「え、じゃあ俺も行こうかな」  結局、三人連れ立ってトイレに向かった。男性トイレには榛名と霧咲以外誰もいなかった。黙っているのもおかしいので、榛名は用を足した後、手を洗いながら霧咲に話しかけた。 「さっき、亜衣乃ちゃん少し困ってましたね。俺のことなんて答えていいのか迷ったんでしょうか」 「うーん……まあ、伯父の恋人だと堂々と宣言したら君が困ると思ったんだろうね」 「ああ確かに、そうはっきり言われたら俺も躊躇してしまうかもしれないですね」    霧咲にそう言われて、榛名は亜衣乃が自分が恥ずかしいから本当のことを言えなかったんじゃないか、と思ったことを少し反省した。 「俺の恋人だって言われたかったの?」 「え?……はい。少し」 「ふふ、君は時々照れ屋なのかそうじゃないのか分からなくなる時があるよね」  霧咲は笑いながら言って、不意打ちのように榛名のこめかみ辺りにチュッとキスを落とした。 「ま、誠人さん!」 「ん?」  榛名が呼んだ途端に他の観光客が数人トイレに入ってきたので、それ以上は何も言えなくなった。霧咲がキスを落とした箇所がなんとなく熱い。 * 「わあ!本当に海賊船みたい!」  外で遊覧船を待っている間も、乗り込んでからも亜衣乃はハシャいでいた。老婦人に貰ったホッカイロのおかげで少し回復したらしい。寒さよりも楽しさの方が勝っているのかもしれないが、甲板に出ても元気に動き回っていた。  榛名は亜衣乃を追いかけながら相変わらずカメラマンをしていて、霧咲はそんな二人を微笑ましい目で見つめている。 「誠人さん、交代で写真撮りましょう!」 「ん?いいよ」  動く景色や船の内部をバックにして、榛名と亜衣乃、霧咲と亜衣乃、そして榛名と霧咲と交代しながら写真を撮ったのだった。 「あの、良かったら写真撮りましょうか?」 「え?ああ、有難うございます」  霧咲が観光客らしい女性二人組に声を掛けられて、三人での写真を残すこともできた。それは嬉しかったのだが、亜衣乃が一緒でなければきっとナンパでもされていたんじゃないかな、と榛名は少し思った。勿論、彼女らの目当ては霧咲で。  しかし。 「ねぇねぇ、あの人達って絶対……だよね?」 「うん。空気がもう……だもんね、あの女の子は攻めの人の娘っぽいけど、元々バイだったのかな」 「それが原因で奥さんと別れたのかもよ~」 「あの受け君、ちょっとママっぽかったもんね……なんにせよ妄想が膨らむ」 「旅行先でいいもん見たわぁ」  分かる人種には、二人の関係は分かるようだった。(色々と誤解されているが)

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