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第144話 榛名、初めて黒玉子を食べる

 遊覧船から下りたあとは、すぐ近くにロープウェイ乗り場である桃源台駅があり、観光客の半分はそのままロープウェイに乗るようだったので、榛名たちもその流れに乗って行った。ロープウェイ乗り場は遊覧船の待合室よりも更に込み合っているが、進みも早いようだ。 「亜衣乃、ロープウェイ乗るの初めて~」 「俺も初めて。楽しみだね!」  待っている間も、榛名は亜衣乃の写真を撮っていた。飽きないらしい。 「結構高いところを通るけど、二人とも高いところは大丈夫だったかな?」 「亜衣乃は大丈夫だよ!でもアキちゃんがちょっと心配かも」 「ぜ、絶叫マシンじゃないから大丈夫だよ」  そういえば以前、遊園地で2人にカッコ悪いところを見せたことを榛名は思い出した。 しかし、ただ高いだけならば大丈夫だと、思う。多分だが。 「アキちゃん、恐かったら亜衣乃にしがみついててもいいからね!」 「う、うん。有難う」 「俺にしがみついても全然構わないよ」 「それはちょっと構います」  霧咲は冗談ぽい口調で言っているが、案外本気だから少しだけ困る、と榛名は思った。勿論本気で困るのではなくて、実行出来ないから困るのだが。 「きゃーっ高い高い!こわーい!」 「こ、これは思ったよりスリルがあるかも!すごい景色ですね!!」  ゴンドラに乗り込み、暫く上ったあとにぱあっと開けた景色が現れた瞬間、亜衣乃と榛名は想像以上に迫力のあるパノラマに驚いて、二人の間に座っていた霧咲の腕にそれぞれ無意識でしがみついていた。他の乗車客もきゃあきゃあと騒いでいたので、特に榛名のその行動が目立つことは無かった。  景色を見るよりも楽しいらしい霧咲の顔は誰が見ても完全に緩みきっていたのだが、榛名も亜衣乃もそれには気付かずにはしゃいでいた。ただ、偶然同じゴンドラの中に同乗していた先ほどの女性二人組にはバレバレだったのだが。 「(ヤバい、外の景色よりも断然こっちの方見ちゃうんですけどぉぉ!)」 「(バレないようにそうっと愛でるのよ!!)」  そして、大涌谷駅に着いたので三人はゴンドラを降りた。 「わぁ、色んなところから煙がもっくもく出てる!煙っていうか、湯気!?」 「硫黄の臭いも凄いな……」 「さすがは温泉地って感じですね。あ、富士山も綺麗に見える~!」  三人はそれぞれ感想を述べる。そして榛名は、大涌谷ではとある目的があった。 「じゃあ俺、名物の黒玉子買ってきますね!」  それはガイドブックでも見た、大涌谷の名物である黒玉子を食べることだった。お土産屋の周りでも、たくさんの人がその玉子を食べている様子が見られる。 「じゃあ俺は飲み物でも買ってこようかな。亜衣乃、一緒に来て好きなの選びなさい」 「はーい」  二手に分かれて、買い物に行った。 * 「……普通、ですね」 「うん。普通のゆで卵だよ」 「もっと燻製っぽい味がするのかと思ってました……おつまみのような……」 「君の期待を裏切ったらいけないと思って黙ってたんだけどね」 「どっちにしろ裏切られましたけど。でも、普通に美味しいです。塩よりマヨが欲しいですけど」 「そう、良かった。俺は塩でいいかな」 「亜衣乃もマヨネーズがいい~」  甘酒と、カップ酒(熱燗)が二つ。それらを飲みながら、三人は外で黒玉子をもぐもぐと堪能していた。 「はあ、熱燗で身体があったまりますね」 「富士山を眺めながらゆで卵を食べてお酒を飲むってなかなかオツでいいね。寒いけど」 「甘酒ってすごく甘ぁい……飲めなくはないけど」 「そりゃあ、甘酒だからな」  甘酒はあまり亜衣乃の口に合わなかったようで、微妙な顔をして飲んでいる。それでも、大人二人が酒を飲むので自分も酒と名のつくものを飲んでみたかったのだろう。  三人はその後、お土産屋の中で売っていたおでんも少々食べて、大涌谷を後にすることにした。 「次はどこに行くんですっけ?」 「そうだな、とりあえずさっきの桃源台駅に戻って……亜衣乃、どこに行きたいんだっけ」 「星の王子様ミュージアムだよ!メインなの!」 「そう、それだ。そこに行ったらホテルへ行こう」  観光する場所はほぼ亜衣乃に任せている大人二人組だった。ホテルだけは何やら霧咲が気合いを入れて選んだようだが。  帰りのロープウェイは行きほどは混み合っておらず、早めにゴンドラに乗れた。3人は再び桃源台駅に戻り、バス乗り場に向かおうとしたのだが。 「ねーまこおじさん、亜衣乃トイレ行きたい」 「え。さっき駅の中にトイレがあったのに、行きたくなかったのか?」 「さっきはしたくなかったの!」 「しょうがないな……」  霧咲と榛名がトイレを探し始めた。少し歩くと広めの駐車場があり、そのすぐそばに公衆トイレが見つかった。 「じゃあ亜衣乃、行ってきなさい」 「はーい」  二人になった榛名と霧咲は、ふう、とどちらともなく一息ついた。 「亜衣乃ちゃん、可愛いですね」 「少し我儘だけどね。でも女の子というのはああいうものかな」 「俺に対してももっと我儘になって欲しいですけど」 「その内嫌でもなるだろうから、今は猫被って君にイイ顔してるあの子を堪能したら?」 「そうですね……」  亜衣乃が榛名にも我が儘を言うようになる。しかしそれは、中学生になってからだろうか。それとも高校生になってからだろうか。何故か今のままでは、今の距離はずっと縮まらないような気がした。 「そんなに慌てて親になろうとしなくてもいいんじゃないかな。今はまだあまり実感がないと思うけど、君があの子にとって必要な人間であることは変わりないんだから、君はもっと自信を持っていいんだよ」 「そう、ですかね……」 「だって君、ずっと俺と一緒に居てくれるんだろう?」 「……そのつもりですけど」  そう言ったら、霧咲はニコリと笑った。優しい顔で微笑まれて、榛名の鼓動はドキンと少し速くなる。 「早く君と一緒に暮らしたいな。4月になる前には、宮崎のご両親に挨拶に行かなきゃね」 「どうして4月になる前なんですか?」 「色々とキリがいいだろう。亜衣乃も学年が上がるし……というか、転校するしね。今のマンションじゃ少し狭いから広いところに移ろうとも思ってるし、車も買い替える」 「そう、ですね……」  榛名が、霧咲と亜衣乃と家族になると宣言したら、榛名の両親はどんな反応をするだろう。粗方の予想は付くが、今更何を言われたってそれを覆す気はない。たとえ親子の縁を切られたとしても、だ。  霧咲と亜衣乃に嫌な想いをさせてしまうかもしれないな、と想像して榛名は霧咲に見えないようにため息をひとつついた。

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