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第163話 二宮、合コン参加を承諾する
17時00分。堂島は仕事は終わったのだが、今日は院内研修を受けなければならない日だった。対象はコメディカルのみのため、さっさと着替えて『お先~』と言いながら帰っていく看護師の榛名や有坂を、堂島は恨みがましい目付きで見送った。
*
「あ~マジかったるかった!げっ、もう19時じゃないっすか~!」
二宮のインプレッサの助手席に遠慮なく乗り込みながら、堂島は呻いた。
「大声で喚くなよ。それにお前は明日遅出だから午前中のんびり出来ていいじゃねぇか。俺、明日早出なんだぞ」
「あ、そーでしたね……すんません」
「代わるか?」
「めっそーもない!」
二宮と堂島の家は決して近くない。しかも明日は早出なのに、二宮は今日堂島を家まで送ってくれるという。
近い時刻の地下鉄やバスがない訳ではない。なのに二宮がこうやって堂島に時間を割いてくれているのは『彼氏』だからか、それは『愛情』というものなのだろうか……
「うっ!」
「あ?なんだよいきなり」
「何でもないっす!」
「変な奴……」
堂島はそう意識した途端、いきなり胸が痛くなった。悪い意味ではなく、きゅんとした。
思わずその場で叫び出したくなったが、二宮に『うるせぇよ』と怒られるのは目に見えていたので我慢しようとしたら、しきれずにうめき声に変わった――と言ったところか。
「どうせ変な奴ですよ……」
(相手があんたじゃなきゃ、俺だって意味もなく呻いたりしねぇし。榛名くんじゃねぇんだから。いや、榛名くんが叫ぶのかなんて知らねぇけどさ)
ブツブツと心の中で文句を言いながら、堂島はスマホを開いた。
(あっ!やっべ)
山本からのLINE通知が来ていた。そういえば断りのメッセージを入れるつもりだったのをすっかり忘れていたのだ。
ちなみに山本とのLINE交換は、一昨年の院内忘年会の時にその他大勢と一緒に行った。なので堂島は、相手は山本に限らず院内に沢山LINE友達がいて顔が広い。榛名や二宮には到底真似出来ないコミュ力だ。
「どうした?」
「い、いえ」
(なんで二宮先輩、こっち見てもいないのに俺が一瞬狼狽えたのが分かったんだろ……)
「飯食って帰るか?」
「えっ、それって先輩の奢りですか?」
「はぁ?お前車もタダ乗りしてるくせに……まあ、別にいいけどよ」
「やったー!」
二宮は堂島に優しい。
というか、甘い。
「ファミレスでいいか?」
「回る寿司でもいいですよ!」
「それ意外と高くつくんだよ。ファミレスな」
「はぁーい」
堂島が生来甘え上手というのもあるのだが、それを差し引いても甘い。
(どうしてこの人、今まですぐ振られてたんだろ?)
堂島はたまに不思議に思う。二宮が女性と付き合ってもすぐに振られる理由をなんとなく分かっているが、それでも疑問に思うのだ。
(まあ、気付けなかった奴が悪いんだよな、二宮先輩のこういうさりげない優しさに)
堂島は優越感を感じてニヤけながら、山本からのLINEを開いて目を通した 。
今週土曜の18時半から、〇〇にて。外科のナースを5人連れて行くのでそっちも同人数の確保をよろしく、と書いてあった。更にウインクをしてるキャラクターのスタンプが続く。
(うわぁ……)
これは、二宮が参加しなくても自分は参加しないといけないだろう。二宮が参加しないと言えば『じゃあナシで!』となるものではない。なにしろ人数が多い。
かなり面倒臭いが、断るのを忘れていたのだから仕方ない。堂島は、軽くため息をついた。
「どうした?」
「え?」
「おまえ今日、病棟で何かあっただろ」
「え、何で……っスか」
「だって、降りてきてから元気ないから」
「っ、」
どうやら見抜かれていたらしい。もしかして、家まで送ると言ったのはこれを聞き出すためだったのだろうか。
(クソッ、優しい!かっこいいっつーの!)
「で、何やらかしたんだ?怒られたのか?」
「何で俺がやらかした前提なんスか?何もやらかしてないし怒られてもいないっスから!……誘われたんですよ山本主任に、合コン」
「え?」
二宮は少し驚いたようだ。しかし、堂島が職場の人間(他の部署含め)と飲みに行くのは珍しくも何ともないので、何故今更そんな事で悩んでるんだ?という疑問が含まれた驚きだった。
「バレンタイン合コンするとか言ってて……」
「へー、それで?」
「それでって……チッ、だからぁ、俺を通して二宮先輩が誘われてんですよ!」
「あ?……俺?」
苛々が隠せず、つい舌打ち混じりに言ったら、今度は素直に驚いたようだった。
「あー、なるほど……?」
二宮は、堂島が元気がない理由を何となく察したようだった。もっとも、そのこと自体が堂島には意外だったのだが。(何せこのポーカーフェイスな先輩は、そういうところが鈍感及び気が利かず、今まで振られ続けていたようなものだと堂島は思っているからだ)
「二宮先輩、合コンとか嫌いでしょ?当然行きませんよね?」
「いや、行ってもいいけど」
「えぇっ!?」
「土曜は俺もお前も日勤だろ。次の日休みだし、夜は予定無いし、別にいいんじゃねぇ?」
「ま、ま、まじっすか、先輩」
「え、なんかあったか?予定」
「……別に無いっすけどぉ!!」
「じゃ、いいんじゃね?」
「………!!」
前言撤回、やっぱり二宮は鈍い。鈍い上に、気が利かない。
けれど、行って欲しくない理由を言う気にはなれなかった。そんなことを言ったら、気持ちが重いような気がするからだ。
堂島は束縛をするのもされるのも嫌いだった。
そもそも、何故堂島は二宮が合コンに行くのが嫌なのだろうか。別に秘密で会うわけじゃないし、自分も一緒なのだから他で間違いが起こるわけでもない。
大体、二宮が好みではない――彼の好みは榛名を女にしたような大和撫子らしい――山本の相手を真面目にするとも到底思えない。
それに今回は合コンというか、ほぼほぼただの飲み会だ。大勢で酒を飲み、喋り、食事をするだけ。何せメンバーのほとんどが顔見知りなのだから。
特定の誰かを狙っていたり、何かを期待していくことはない。少なくとも、堂島にとってはそうだ。二宮にとっても同じであると思いたかった。
「お前、別に山本主任と仲悪くないだろ?LINE友達みたいだし。透析と外科のナース同士は仲悪ぃけど俺たちMEは別にそんな確執もないし」
「そうっスけど……」
「それでもナース達にバレるとアレだから、言うのは榛名さんくらいにしとけよ」
「……」
「何?他に何かあるか?」
「別に何も。あ、先輩ファミレス過ぎた!」
「あ、やっべ」
そう、何も不満は無い。
無い筈なのに、堂島は二宮が合コンに参加することが何故か納得がいかないのだった。
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