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第182話 夜はまだこれから
「そういえば先輩、さっき俺のことクソガキとか言ってた!ひどくないっすか?つーか俺だってもうアラサーなのにクソガキって!」
さっきのことを思い出したのか、堂島は二宮に急に文句を言い出した。
「おまえ俺より四つも下だろ。つまり俺が高校生の時おまえはまだ小学生だったってことで……十分ガキじゃねぇか」
「今の俺はおとなですぅ~!」
得意の(?)有坂口調で反撃するも、軽くあしらわれる。
「そういうところがガキなんだよ」
「チェッ」
「つーかおまえ声枯れてる。めちゃくちゃ喘いでたもんな。水飲むか?」
二宮は立ち上がり、備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して堂島に渡した。
堂島もゆっくりと体を起こして、それを受け取るとゴクゴクと喉を潤した。
「ぷはっ。だって先輩が声出せとか喘げって何回も言うから……そういうのが好きなのかなーと思って」
「は?俺に合わせてたのか?」
「……だって男はセックスのとき、ふつーそんなに喘がないっしょ」
正確には喘がされたのだけど、二宮に言われた通り一切声を我慢しなかったらそういうことを言われたので、堂島のセリフはちょっとした反抗のようなものだった。
「じゃあおまえ、あれ全部演技なわけ?」
「んなわけないじゃないっすか!演技だったら俺、アカデミー主演男優賞受賞っしょ!!」
「それは過大評価すぎるけど……演技とか言われたらしばくとこだな」
「二宮先輩が俺に冷たい……しくしく」
堂島は、顔に手を当てて泣いてる振りをした。
「でもこういう俺が好きなんだろ?」
「やだ。普段はもっと優しくしてください」
「……ワガママなガキ」
「ガキだし」
「さっきは否定したくせに」
二宮は少し呆れて軽く溜息をついたあと、堂島の隣に腰を下ろした。
これからどうしてやろうかな……と思っていたら、 堂島の方から提案があった。
「……ねえ二宮先輩、チューしてください。いつもの、優しいやつ」
「はあ?」
「はーやーくー!」
堂島が目を閉じて、うーっとわざとらしく唇を尖らせながら顔を寄せてきたので、二宮は仕方ねえな……と頭をかきながらも、そっと抱き寄せて望み通り優しいキスをしてやった。
ちゅ、ちゅ、と軽いキスを繰り返していると、二宮の腹がグゥ~と大きな音を鳴らした。
「……なんか腹減ったな」
「二宮先輩ムードねぇな……食べ物なんか持ってないっスよ。俺、シャワー浴びて来ます」
堂島はなんとなく、もう今夜はこれ以上セックスはしなさそうだなと判断して、今のうちに身体を綺麗にしておこうと思ったのだ。ナカのものも掻き出しておきたい。
「おう。一人で大丈夫か?俺が洗ってやろうか」
「大丈夫です!ケツは痛いけど……まあ、だいぶ慣らしてくれたんでこないだよりは全然マシです」
「………」
堂島はそう言って『イテテ』と腰を抱えながら、ゆっくりとベッドから出て行った。
一人残された二宮は、しばらく堂島の出て行ったドアを見つめて(本当は自分が身体を洗ってあげた方がいいんじゃないだろうか……)などと考えていたのだが、そういえば唯一の食糧を持っていたことをふと思い出した。
*
堂島がシャワーを浴びて戻ると、二宮は一人で何かをもしゃもしゃと食べていた。
「あれ、二宮先輩何食ってるんですか?冷蔵庫に飲み物以外入ってました?……って!ちょっと待って、それ!!」
「ん?」
振り返った二宮の唇に少しだけ、茶色いものが付いていた。
それと、そこはかとなく漂う甘ったるい匂い。
「今日山本主任から貰ってたチョコレートじゃないっすかぁぁ!なに他の女から貰ったもん恋人の前で堂々とムシャムシャ食ってるんスかァァ!?しかもセックスした後に!信っじらんねぇぇー!!ノンデリカシー男!!」
二宮は、今日のカラオケで山本に押し付けられたチョコレートを食べていたのだった。いくら腹が減ったとはいえ、今の状況でそれを平気で口にする行動が堂島には信じられず――無人島に漂着した状況ならいざ知らず――つい喚いてしまった。
(こういうとこ!!二宮先輩、こういうとこだよ!!)
「?けっこうイケるぞ、高級チョコレートだって。お前は何もくれてねぇだろ」
「当たり前でしょ!!なんで男の俺がバレンタインなんかしないといけねーんですか!!」
「別にハナから期待はしてねえよ。……まあ、山本主任と付き合う気はねえんだし、チョコレートはチョコレートだろーが。食い物に罪はねぇ」
(分かってる!!分かってるけど!!くそー!!)
ヒステリーを起こしたい気持ちをグッと抑え込む。
食べ物は食べ物でしかない……二宮は本当にそう思っているのだから、怒るのはエネルギーの無駄遣いなのだ。
「そうですけどぉぉ……あーもう、ほんっと二宮先輩ってデリカシーがねぇな!俺が女だったら即振られてますからね!?」
「え、そうなのか?」
「そういうとこ!!」
こういう所が、二宮が今まで恋人に振られ続けてきた所以なのだろう。
しかし堂島は男なので、こんなことで簡単に別れようとは全然思わないが。
「まあそうカリカリすんなよ。お前も食う?マジでけっこう美味いぞ」
二宮はそう言って、チョコレートの入った箱を差し出してきた。
堂島はぷいっと顔を背けてそれを見もしない。
「いらねーっす!何が悲しくてライバルの女のチョコレートなんか食わなきゃなんないんですか。先輩も先輩ですよ、ほんっとデリカシーの欠片もねぇ」
「ライバルって、誰が?」
「山本主任ですよ、決まってんでしょ!?」
「お前ら、ライバルだったのか?」
「な、なんとなく、気持ち的に……」
向こうは全く認識していないと思われるが。
「ふーん……戦うまでもない感じするけどな」
「………」
(そういうこと言うから……ちくしょう)
そんなどうでもいいような態度を取られると、こんなことで怒っている自分がだんだん馬鹿らしく思えてきた。
……それでいいのかもしれない。
とりあえず、付き合ってから堂島の抱えていた不安やもやもやは、今夜二宮がくれた言葉の数々で一応解決されたのだから。
「それはそうと、」
「はい?」
「早くこっち来いよ」
二宮が、堂島をベッドの上から手招きする。
「何で……つーか先輩もシャワー浴びて来たらどっすか?身体中ベタベタじゃ」
「最後にな」
「最後?」
自分を見つめる二宮の目が、なんとなく据わっているような気がする。
「なに、お前もう寝る気かよ?俺、今夜は寝かさねぇつもりだったんだけど」
「へ?」
(なんか……先輩、目つきが変?それに、この匂い……)
甘ったるいチョコレートの匂いの中にほんの少しだけ、堂島が苦手なあのアルコールの匂いがする。
「さっきまでのセックスは前座だから。本番はこれからな……嬉しいだろ?朝までた~~~っぷり可愛がってやるから、またいい声で鳴けよ……?」
二宮が自分に寄越した、チョコレートの箱を見た。
チョコレートが入っていたと思われる白い容器の型は、ウイスキーボトルの形をしていた。
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