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第195話 霧咲の実家について

 一行は車二台に分かれて、とりあえず榛名家へ向かうことにした。突然の食事会や長旅で疲れているだろうし、ひとまずゆっくりできるところでお茶でも――と榛名の母からの気遣いだったが、はたして霧咲や亜衣乃が榛名家でゆっくりできるのかどうかは定かではない。  が、霧咲は『ではお言葉に甘えまして』と榛名母の申し出を受け入れた。もとより家に向かうつもりだったので特に問題ないらしい。 「誠人さん、本当にこのままうちに来ていいんですか? どうせ夜にまた行くんだし、亜衣乃ちゃんと三人で市内をぶらぶら散策してもいいんですけど……」  榛名は駐車場に向かう道すがら、霧咲にコソコソと話しかけた。 「まあそれはまた次の機会でもいいんじゃないか? 俺はもっと君の御両親とお話したいし、実は宮崎で一番興味あるのは君の学生時代の部屋だったりする」 「ええ!? べ、別に面白いものはありませんよ!?」  榛名は部屋に妙なものは置いてなかったか記憶を探ろうとしたが、何せこの間はほぼ寝に帰っただけなので特に思い出せない。 「あるだろう、沢山。たとえば小さいときのアルバムとか……」 「あ! それ亜衣乃も見たーい!!」 「だろ?」 「え、ええ……別にいいですけど、俺も帰ったら誠人さんの昔のアルバム見せてくださいよ」 「いいよ、少ないけどね」  そういえば榛名は、霧咲が昔住んでいた家を両親亡きあとどうしたのかを詳しく聞いていなかった。既に売り払っていて蓉子と形見分けが済んでいるのなら、昔の写真は霧咲の住むマンションに置いてあるのだろうか? (そういうこと、全然気付かなかったなぁ……)  東京に帰ったら写真を見せてもらうついでに、そういうことも少しずつ教えてもらおう、と思った。 *  しかし。 「霧咲さんの御実家は東京のどの辺りなんです? まあ私なんかが聞いても東京の地名なんかよく分からないんですけどねぇ、そういえばご両親が亡くなったあと御実家はどうなさったの? それと妹さんは……あ、妹さんのお名前を伺ってもいいかしら、親戚になるんだし、ずっと妹さんって呼ぶのもねぇ、ってさっき聞きましたっけ? ごめんなさい忘れちゃったわ! あらっ、このお菓子美味しい~! さすが東京のお菓子は宮崎のとは違うっちゃね~、暁哉、今度帰ってきたとき同じの買ってきてよ」 「お母さんちょっと、お菓子のことは分かったから一息ついてちょっと、頼むから誠人さんに相槌くらい打たせてやって……」    榛名の母は、榛名が東京に帰ったら聞こうと思っていたことを一気に霧咲に質問していた。どうやら先程の食事会で普段よりもたくさん酒を呑んだため、だいぶ出来上がっているらしい。(榛名的には、普段と変わらないような気もするのだが) 「あらー私ったら! ごめんなさいね、一人で一気にしゃべっちゃって!! ――で、何だったかしら?」 「ええっと」  榛名が質問を最初から確認しようとしたが、その前に霧咲が答えた。 「私の実家は世田谷の方にあります、家は両親が亡くなってからもそのままです。定期的に掃除はしに行ってるんですけど。妹としては――あ、妹は蓉子というんですけど、蓉子も今は別の場所に住んでるので早く売り払いたいようですが、私の方がなかなか踏ん切りがつかなくて……そんなに思い入れがある家でもないんですけどね、どうしてですかね……」  榛名は初めて霧咲の口から聞く実家の話と、今まで見たことのない少しさびしげな横顔に、暫し呆然としてしまった。  すると榛名の母がおばちゃんらしく空中をバンバン叩くような仕草をして言った。 「淋しいのは当然ですよぉ! 霧咲さん長男でしょ? 責任というか、そういうのは妹さん――あ、ようこさん? よりもあるやろうしねぇ、やっぱり小さい頃ずっと過ごしてきたおうちなんやし、ご両親が亡くなったからってすぐ売り払うなんてなかなか出来んと思いますよぉ、あ、でもウチの子らはどうやろ。あんたたちは薄情やからお母さんたちが死んだらとっとと売り払いそうやね」 「いやいや!」 「思い入れありまくりよ!」  いきなり母に矛先を向けられた榛名と桜は気の合った連係プレーを見せ、少ししんみりしかけた場を和やかな雰囲気に戻した。  桜とその夫の高志も榛名家に来ているので、結局先程と面子は変わっていない。 「ふふ。まあ亜衣乃のこともあってちょっと家のことは置いておいたんですけど、こうして暁哉くんの御家族にも挨拶させてもらったことですし、少しずつ片付けて行きたいと思います」 「おうち……どうするんですか?」  ふと、榛名が聞いた。 「ん? そうだね……君、世田谷のうちに来てみたい?」 「行ってみたいです!」 「じゃあ、君に見せたあとに売ることにしよう。亜衣乃も五年は過ごした場所だけど……というか亜衣乃が一番最後まで住んでいたんだけど、おじいちゃんとおばあちゃんち、売りに出しても構わないか?」  霧咲が亜衣乃に尋ねた。 そうか、亜衣乃も祖父母が亡くなるまでそこに住んでいたのだ――と榛名は思い出した。  霧咲は亜衣乃が生まれる前に勘当されて、両親が亡くなるまでは家に入れて貰えなかったと言っていた。 「亜衣乃は別にあの家にそこまで思い入れはないよ。少しさみしいかもしんないけど、亜衣乃はまこおじさんとアキちゃんがいれば家なんてどこだっていいもん」 「そうか」 「亜衣乃ちゃん……」  祖父母亡きあとは実母の蓉子と暮らしてきた亜衣乃だが、母と決別するときは子どもとは思えないくらいに潔かった。  自分がそんな亜衣乃の居場所になれているのなら、とても嬉しいと榛名は思う。 緩くなった涙腺からまた涙が零れそうだったが、今度はぐっとこらえた。涙を誤魔化すために目の前にあるコーヒーをぐっと飲もうとしたが―― 「あっつ!!」  舌を火傷し、別の意味で涙が出た。

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