206 / 229

番外編:宮崎観光編①

「アキちゃん、ねーえーアキちゃん! 起きてよぉーっ、もうすぐ桜お姉ちゃん来ちゃうよぉ」  榛名は亜衣乃の声と、自身の腹の辺りが揺さぶられる感覚で目が覚めた。横を見れば、亜衣乃が困ったような顔で榛名に呼びかけていた。  榛名は亜衣乃の顔を見ると一瞬で今日の予定を思い出し、勢いよく身体を起こした。 「ごめん! 俺寝坊した!?」 「もおアキちゃんたら、いつまで寝てるのぉ~!? ここはアキちゃんのおうちだから気が抜けるのは分かるけど、早く起きてお出かけの準備しないと桜お姉ちゃんが来ちゃうよー!」 「あ、ああごめんね、誠人さんは?」  榛名は亜衣乃に謝りながら、学習机の上にある昔使っていた目覚まし時計をチラリと確認する。今の時刻は9時30分を指していた。  ――確かに寝すぎだ、桜は午前中には迎えに来ると言っていたのに。 「まこおじさんも、さっきから声かけてるけど全然起きないの! 亜衣乃じゃダメみたいだから、アキちゃんが起こしてっ」 「わ、わかったよ……ごめんね」  榛名はのそのそとベッドから起き出した。亜衣乃は既に着替えており、髪型もいつものツインテールに結って、お出かけの準備はバッチリのようだ。 「アキちゃんたち、昨日亜衣乃が寝たあとにデートしてたんでしょ? だからって今日の観光やっぱり行かないとか絶対ダメだからね! 亜衣乃すっごく楽しみにしてたんだからぁ」 「そ、そんなこと言わないよぉ」 「じゃあ亜衣乃、下で待ってるからね!」  榛名と霧咲は昨日、深夜の2時半頃に家に帰ってきた。シャワーを浴びてすぐに寝たが、まだ少し昨日の酒が残っている気がする。二杯程度でやめておいたので、二日酔いはないのが幸いだった。  昨日榛名は二階の自室で、霧咲と亜衣乃は一階の和室で夜を明かした。榛名がそっと障子を開けて和室を覗くと、布団の中は空だった。 「あれ? 誠人さん……」 「――おはよう、暁哉」  ポン、と背後から肩を叩かれて振り返ると、そこには既に私服に着替えた霧咲の姿があった。「え、え? まだ寝てたんじゃ……」 「君のご実家でいつまでもグースカ寝てるわけにはいかないだろう」 「ええぇ……」  霧咲は着替えてはいるが、たった今起きたばかりのようで髪はまだセットされていなかった。めずらしく前髪があるので、実年齢よりも若く見える。 「誠人さん、今日は前髪そのままにしてたらどうですか? なんだか可愛くていい感じですよ」 「そう? 君がそう言うならそうしようかな……」  二人が和室のドア付近でそんな会話を交わしていると、母がやってきた。 「あら暁哉、やっと起きたとね! あんただけまだ寝巻とかみっともないが~さっさと着替えんね! もうすぐ桜が迎えに来るよ!」 「わ、わかっちょるて……」  榛名は着替えてから降りてくれば良かった、と思った。 「おはようございます、お|義母《かあ》さん。昨日は暁哉君と二人で出掛けさせてくださってありがとうございました」 「霧咲さんおはようございます! あらっ、前髪あるとなんだか雰囲気が違いますねぇ~、素敵ですよぉ」 「ありがとうございます、さっき暁哉君にも言われました」 「あらあら~」  霧咲と母が話している隙に、榛名はそおっと洗面所に行き顔を洗い、髪を梳かし、歯磨きをした。シャワーも浴びたかったが時間がなさそうなので、二階に戻って持ってきた私服に素早く着替えた。  ダイニングに行くと、霧咲が四人掛けのダイニングテーブルでコーヒーと軽い朝食を先に食べており、その横には榛名の分らしい朝食とコーヒーが置いてある。  亜衣乃はリビングのソファーに座り、朝のローカル情報番組を物珍しげに見ていた。 「――あれ、お父さんは?」 「今日は仕事よ、もう会社に行ったが」 「え、お父さん仕事やったっちゃ。一緒に観光行くと思っちょったとに」  榛名が霧咲の隣に座るべく椅子を引くと、霧咲が「先に頂いてるよ」というアイコンタクトをしてきたので、コクンと頷いて返した。 「今日は平日やかいねぇ。ほら暁哉も早く食べて、洗い物ができんやろ」 「俺が洗っとくから置いといていーよ。朝食ありがと、いただきます」  自分以外の誰かが用意してくれる朝食はかなり久しぶりなので――霧咲宅でも、朝食の用意をするのは自分だ――榛名は内心かなり嬉しかった。  いい具合に焼けたパンには既にバターも塗ってあるし、ウインナーと玉子焼きもある。(多分、父の弁当を作った際の残りだろうけど) 「……なんか暁哉、大人になったとやねぇ」 「なんやそれ? とっくに大人やし」 「前は茶碗洗うとか朝食ありがとうとか言わんかったやん」 「ああ……それはまあ……」  確かに成長したのかもしれない。しかしそうしみじみと言われると――霧咲と亜衣乃も聞いているのに――恥ずかしいのでやめてほしい。  すると霧咲が便乗するように言った。 「暁哉君は、僕達にいつもおいしい朝食や夕食を作ってくれるんですよ」 「ええ!? 暁哉が何を作ると!?」 「ハンバーグとか」 「ええええ!?」 「もー別にいいじゃん! 恥ずかしいから誠人さんも言わないでください!」 「アキちゃんの手作りハンバーグ、亜衣乃も大好き~!」 「亜衣乃ちゃんも――」  そう言いかけたところで、玄関の方で音がした。話していたので車のエンジン音は聞こえなかったが、どうやら桜が到着したらしい。  榛名は「やばっ、お姉ちゃん来た」と言って、急いで朝食を食べ始めた。 「おっはようございまーす! みんなお出かけの準備できてるー?」  桜がリビングに顔を出して、全員に元気よく挨拶した。母が玄関の鍵は空けていたらしい。亜衣乃が一番先に反応した。 「桜お姉ちゃんおはよう! アキちゃんとまこおじさん、ついさっき起きたんだよ~」 「ええ? あら、まだ朝食食べちょっと? あーくんてば」 「ちょ、ちょっとだけ待って……5分で食べ終わるからっ」 「おはようございます、桜さん」 「あら、霧咲さん今日はなんだか雰囲気違う~、昨日も素敵だったけど、今日も素敵ですねっ」 「ありがとうございます、さっき暁哉君にも……」 「もうそのくだりはいいですよっっ!」  霧咲はもう食べ終えて、優雅にコーヒーを飲んでいた。榛名は霧咲と姉が喋っている間に、急いで朝食を平らげたのだった。 「お母さん、何か手伝う家事とかあるー?」 「いいからアンタは座っときなさい、妊婦やろ!? 今日は運転もお母さんがするからっ」 「ええ~? 私がするから大丈夫よぅ」 「あの、よければ今日は私が運転しましょうか? 道を教えて頂ければ全然大丈夫ですし」  霧咲が軽く手を挙げて言った。母と桜は顔を見合わせてどうしようという顔をしたが、榛名が食後のコーヒーを飲みながら「誠人さんは車好きだから、運転も上手だよ」と言い添えると「じゃあお願いしちゃおっか」となった。 「その代わり、君が助手席でナビをしてくれ」 「ええっ!? ……が、ガンバリマス……」  霧咲はちゃっかり助手席に榛名を指名し、満足げに微笑んた。

ともだちにシェアしよう!