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最終話 運命のひと

「あの、それってどういう……」 榛名の問いに、霧咲はなんだかとても言いにくそうな顔をしている。 彼らしくもなく目線が泳ぎ、ポリポリと頭を少し掻いて── 「誠人さん、」 「――分かった、白状するよ。俺も今日絶対に言うつもりだったんだ、まだ君に言えてない、俺の秘密を……」 「はあ」 霧咲にはまだ秘密があったのか。 しかし、実は結婚していたとか子どもがいたとかそういう類の事以上じゃなければ、もう榛名はそうそう驚かない。 ──良くも悪くも、耐性が付いてしまっているので。  一瞬だけ、もしや多額の借金や軽犯罪で逮捕歴があるのかとも勘ぐったが、霧咲の性格からしてそれらの可能性はかなり低そうだったので、除外した。  榛名はそんな失礼なことを考えていたのだけど、当の霧咲は至ってマジメで、深刻な顔で『秘密』を語り始めた。 「俺がT病院の透析室に助っ人に来たのは、偶然じゃない。俺がそう仕組んだんだ。……君に、もう一度会うために」 「え?」 ──仕組んだ? 霧咲が?  榛名は霧咲の意外な告白に、大きな目を一度見開き、まばたきをした。 「君を初めて抱いた夜、どうしても君のことがもっと知りたくて……眠ってしまった君の携帯をコッソリ見て、勝手に個人情報を調べたんだ。最低だろう? 俺を罵ってくれていいよ、覚悟はできてるから」 「……」  えーと…… 榛名は、突然の霧咲のカミングアウトに一応は戸惑った。 戸惑ったが…… 「俺、それはありがとうございますって言えばいいんですかね……?」 「はあ!?」 霧咲は、今まで聞いたこともないような素っ頓狂な声を出して、榛名につめよった。 「ありがとうって、君は何を言ってるんだ!? 俺のした事は結構最低な行為だぞ!! 今は恋人になれたからいいものの、君がもし、もし俺を好きになってくれなかったらただのストーカーというか……!!」 「そんなことは、ありえません」 榛名はキッパリとそう言った。 霧咲にとって、世界一綺麗な瞳でキッパリとそう言いきられてしまったら、さすがの霧咲も怯んでしまう。もちろん、嬉しいのだけど。 「……それでもね、」 「二度目の出会いが偶然じゃなかったからって、それが何なんですか? 貴方はただ、俺に会いに来てくれただけですよね?」 「それはそうなんだけど、」 「俺、一ヶ月間毎日ずっと貴方に連絡しようしようってメモとにらめっこしてました……でも、どうしても電話をかける勇気が出なくて……もう一度ローズに行くことも、何故か考えられなくて」 毎日胸がいっぱいで、食欲がなくて、自分で自分を慰めて、毎日霧咲のことを考えて過ごしていた。 ──霧咲に、恋をしていた。 「暁哉……」 「だから普通に嬉しいですよ、誠人さんが俺に会いに来てくれたこと。勝手に携帯を見たってのはアレですが……まあ、ロックをかけてない時点で見られてマズイものはないというか……それより俺の個人情報なんてよく分かりましたね?」  「君ね、道端にスマホ落としたりしたら大変なことになるんだから、俺対策じゃなくてもロックくらいはきちんとしなさい」  霧咲に怒られて、榛名ははあい、と子どもみたいな返事をした。 「帰ったらやります。――それより、大学病院からうちに助っ人に来る手続きとか、きっと大変でしたよね?」 「それは……まあ、それなりかな。あのねぇ暁哉、俺は君の純粋な心を利用したんだよ? 偶然を装って再会して、俺が絶対に君の運命の相手だって思わせようとしたんだ。とんだ卑怯者だろう?」 霧咲は霧咲で毎週のようにローズに通い、待ちぼうけはしていたけれど……耐えられなかった。 それでも何か完璧な理由を付けないと、会いに行くことすらできなくて。 心を通い合わせて、結婚の約束まで取り付けたのに、このことを白状するのが怖くてこんなにも遅くなってしまった。 一生黙っておくつもりではいたけれど、自分に何もかもをさらけ出してくれた榛名に対し、まだ秘密を持っている自分に耐えられなくて──…… 「思わせようとした? おかしいですね、貴方は俺が運命の人にしたんでしょう? さっき貴方が俺にそう言ったんですよ」 「……!」 「それに貴方が卑怯者なら、俺は臆病者ですから。……ふふ、なんかお似合いですね、俺たちって」 そう言って、榛名はふわりと笑った。 霧咲は堪らなくなって、ぽつぽつと人通りのある駅前で──榛名を、抱きしめた。 「っ、誠人さ……」 「ありがとう、ごめんね。愛してるよ。本当に愛してる、暁哉。君に会えて良かった。君の運命になれて……良かった」 霧咲は往来で榛名を抱きしめながら、何度も『ありがとう』『ごめん』『愛してる』と繰り返した。  あまりにも長く抱擁しているものだから、少ない通行人からは『迷惑な酔っ払いだな……』という目線しか向けられず、榛名はとりあえず霧咲の背中をポンポンと軽く叩いた。 「誠人さん、誠人さん、もういいですから飲みに行きましょ! お店、全部閉まっちゃいますよ?」 「君を愛してる……」 「分かりましたって」 「君は?」 「俺も愛してるに決まってるでしょう! 愚問ですね。さあさ、早く行きましょう!」 「暁哉、君の心の広さには本当に敬服するよ。──さて、今夜は何を飲む? 出会った時のように甘くないカクテルはどうだい?」 「そうですね、久しぶりに。東京に帰ったらまたローズにも行きましょうね」 「ああ、行こう」 ──そういえば、先にホテルに行っちゃったからあの時とは順番が逆ですね。 ──別に、飲んだあとでまたホテルに行っても構わないけど? ──明日は観光するんだから、一杯飲んだらとっとと帰りますよ。 ──分かったよ……。 そんな会話を弾ませながら、二人は上品なネオンが印象的なとあるバーの中へと吸い込まれて行った。 運命のひと【完】

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