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 次は、同じ日南市にあるサンメッセ日南に向かう予定だ。ここはチリ政府に日本で唯一公式に認められているという、レプリカのモアイ像のある公園である。小高い丘にあるので海もよく見えて、なかなかの人気スポットだ。腹ごなしに散歩をするのには最適だった。 「うわあ~モアイ像だぁ……!! モアイ像、だねぇ」 「うん、モアイ像だ。それ以外の感想が見当たらないな……」  亜衣乃はモアイ像を見て一瞬テンションがあがったものの、モアイ像はモアイ像だという感想しかなかったようだ。 「と、とりあえず写真撮ろっか? 亜衣乃ちゃん」 「そうだね! モアイ像と2ショット撮りたーい! どの子にしようかなぁ」 「どの顔も一緒じゃないか?」  亜衣乃は一番近い場所のモアイ像の横に立ち、こなれたピースサインをしてみせた。榛名はそんな亜衣乃をスマホで何枚か写真に収め、満足した。 「次はアキちゃんと写りたい! まこおじさん、撮ってぇ」 「俺とは写りたくないのか?」 「どっちでもいいけど、まこおじさんが亜衣乃と写りたいなら写ってあげてもいいよ?」 「………おまえな」 「み、みんなで撮りましょうか!」  榛名は亜衣乃の希望通りモアイ像との3ショットを撮ったあと、近くにいた人に頼んで全員での記念写真を一枚撮ってもらった。  その後は桜が気を効かせて、榛名と霧咲の写真も撮ってくれた。 「それにしても風が気持ちいいところやね~! 子どもが生まれたら、次は高志と三人で来たいなぁ」 「いいね、それ」  桜はまだあまり出ていないお腹を撫でて、榛名はそんな姉の様子をいつくしむように見つめた。血が繋がっていない亜衣乃をこんなに可愛いと思うのだから、生まれた甥姪は更に溺愛してしまうかもしれない。  しばらく散歩したところで、霧咲が言った。 「ところで桜さん、体調は大丈夫ですか? 無理しないでくださいね、妊娠初期の方が色々と危険ですし……」 「そうだよお姉ちゃん、もう結構写真も撮ったことやし、そろそろ帰ろう? 身体冷えてきてない?」    霧咲と榛名が二人で桜を気遣った。 「えーふたりともやっさしー、さすが医療関係者やねぇ。でも大丈夫よぉ、もうちょっと散歩して帰ろう」 「大丈夫ならいいけど……」  榛名は納得しかけたが、母が黙っていなかった。 「いやいや、暁哉の言うとおりそろそろ帰ろ! 妊婦は身体冷やしたらだめやかい! 亜衣乃ちゃん、いい?」 「えっ亜衣乃は全然いいです、桜お姉ちゃんの身体のほうが大事だもん!」 「わ~なんだか泣けてきちゃう。大事にしてもらってるぅ~」 「当たり前やろ、赤ちゃんがいるんやから」 「あきおじさん~」 「ふはっ!」  そういえば、桜に子供が産まれたら自分も叔父になるのだ。霧咲と同じように。初めて呼ばれたその呼び名に、なんだか恥ずかしいような、くすぐったいような気持ちになった。  亜衣乃が「アキちゃんおじさんだって~」と笑っているが、霧咲に「お前だって一応立場的にはおばさんだぞ」と言われ、「亜衣乃、まだおばさんじゃないもん!!」と憤慨していた。  帰りの車の中でも、亜衣乃は気にしているようで桜に頼んでいた。 「ねえ桜お姉ちゃん、赤ちゃんには亜衣乃のこと亜衣乃おねえちゃんって呼ばせてね、ね、お願い!」 「もちろんよ、亜衣乃ちゃんだって私のことお姉ちゃんって呼んでくれるしね!」 「年齢的にはおば……」 「なんか言った? あー君」 「いえ、何も言ってません。お姉様」  霧咲は帰りの運転は特にカーナビも榛名のナビも頼りにせず、スムーズに榛名家へ車を走らせ、榛名に「すごいですね」と褒められて上機嫌だった。  家に帰りつきコーヒーとおやつタイムを終え、桜は家に帰った。  榛名は夕食を作る準備を始めた母にもう一度『そや、お母さんチキン南蛮の作り方を教えて』と乞い、亜衣乃は『じゃあ亜衣乃も見てる!』と言った。霧咲は長時間の運転が疲れたのか『ちょっと君のベッドを貸してくれ』と言い、榛名を伴って二階に行った。 「ほんとにお疲れ様でした、知らない道で疲れたでしょう?」  霧咲は服が皺にならないように脱いで、榛名のベッドにごろんと横になった。榛名はその隣に腰を下ろす。なんだか新鮮な光景だった。 「まあ……そうだけど、東京よりは全然運転しやすかったよ。お義母さんたちが沢山喋ってくれるおかげで退屈しなかったしね」 「ふふ、うるさくなかったですか?」 「とっても可愛かったよ、榛名家の末っ子長男で弟の君が」 「え……」  霧咲の手が榛名の頬にそっと触れて、思わず霧咲の顔を見た。霧咲は今までにないくらい、優しい顔で榛名を見つめていた。 「君は本当に、家族に愛されて育ったんだなぁということが分かったよ。だから、そんなに人に優しくできるんだね」 「え、そんな……ふつう、じゃ、あ……」  霧咲のことはよく分からないが、亜衣乃のことは――どちらかといえば普通じゃないのは亜衣乃の環境だけれど、そんなことは当の本人には関係ない。榛名は当たり前のように愛されて育ったけれど、そうでない者だっているのだ。 「あの……もしかしていやな気分にさせましたか?」 「まさか! そんなわけないだろう、変な誤解はしないでくれ。ただ、俺と亜衣乃は本当にきみに会えて僥倖だったってことさ。一緒にいるだけで、心が暖かくなるというかね」 「……そんなの、俺だって……」  榛名は霧咲の手を握り返した。なんだか胸が詰まって、それ以上は何も言えなかったが。 「――あと君、今日はあんまり俺の顔を見ようとしなかったよね。鵜戸神宮とかでさ……なんでだい?」 「えっ」 「俺を盗み見しては赤くなったりさ、複雑な顔したり、あ、チキン南蛮を食べながらもちょっと赤くなってたよね。いったい何を思い出してたの? 百面相が可愛かったな~」 「~~っ! ちょっと! 分かってるんでしょ、もう!」 「君の口から聞きたいんだ。長時間の運転のご褒美に、それくらい聞かせてくれてもいいだろう?」 「………」  霧咲はニヤニヤしながら榛名を見つめている。榛名はぐぬぬ……という顔をしながらも霧咲に向き合うと、小さな声で言った。 「前髪を下ろしているのが新鮮で……いつもより格好良くてつい見惚れてしまうから、あまり見ないようにしてました。でも俺が観てないのに、他の人が見てきゃあきゃあ言ってるのが面白くなくて……。チキン南蛮を食べてるときは、その、初めて一緒に病院の食堂でお昼を食べたときのことを思い出して、か、間接キスってからかわれたなぁ、とか……」 「それってつまり?」 「……誠人さんが大好きってことです! もう、俺は今からチキン南蛮づくりの修行してきますんでさっさと寝てくださいっ! 夕食できたら起こしにきますから!」  榛名は真っ赤な顔をして立ち上がった。霧咲は至極満足げな笑みを浮かべて、「ふふ、俺も君が大好きだよ。かわいいなあ、おやすみ」とドアに向かう榛名に手を振った。 「はいはい、おやすみなさーい」  ドアを閉めたあとも、榛名はしばらくその場から動かなかった。顔の火照りが治まってから下に降りないと、母や亜衣乃に怪訝な顔をされてしまう。  「もう……相変わらず、意地悪だ」  それでも、そんな意地悪な霧咲にずっと恋をしている。最初から。  何度も身体を重ねて、同じ時間を過ごして、地元に連れてきて親に紹介までしたのに、いったいいつ慣れるのだろう。ずっと好きだ。  もしかすると、自分は一生このままなのかもしれない。それはそれで悪くはないけれど、両親のように熟年夫婦になりたい、とも思う。 (これから少しずつ……そうなって、いくのかな)  少し先の未来を想像して、榛名は一人でくすっと笑った。  すると、ドアの内側から。 「おーい暁哉、降りないのなら俺と一緒にお昼寝しようよ~」 「降りますっ、今から降りるんですっっ!!」 「なーんだ」  まだ火照りは治まっていない気がするけれど、これ以上からかわれるのはごめんなので、榛名はわざと足音を立てて下に降りた。

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