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⑥
次の日、宮崎ブーゲンビリア空港にて。
「お姉ちゃん、身体を大事にしてね。次は亜衣乃ちゃんが夏休みに入ったら来るよ。そのときはまだ産まれてないやろうけど、産まれたらまたすぐに赤ちゃんの顔を見に帰ってくるから」
榛名は、両親と一緒に見送りに来てくれた桜に言った。旦那の高志は今日も仕事で、『今度は俺も一緒に遊んでね』という事付けを貰った。
昨日姉は弟を溺愛していると言ったけど、榛名だって姉のことが大好きなのだ。東京に住むと決めたのは自分だけど、こういうときばかりは傍にいて、頼りにしてもらいたいと思う。――車の運転もできない、頼りない弟だけれど。
「まあまあ、気にせんでまたいつでも帰ってきないよ、あー君ひとりでも、三人でも歓迎するから」
「うん。お姉ちゃんもまた東京にいつでも来ていいからね。なんやったけ、好きなバンドのライブとか」
「そりゃ行きたいけどさぁ、あたしはもう気軽には行けんとよ!」
「あ、そっか、残念やね……」
桜は東京にライブなどで用事があるときは、いつもホテル代わりに榛名のマンションに泊まっていた。夜は姉弟で外で呑みに行ったりして……そういうことも今後はもうないのだと思うと、少しさびしくなる。
「桜さん、本当に色々とありがとうございました。身体を大事にして、元気な赤ちゃんを産んでくださいね」
「ありがとうございます、霧咲さん。これからも弟をよろしくお願いしますね、何かあったらいつでも連絡してください! あ、ノロケでも全然いいですからね!」
「はい、是非聞いてください」
「ちょっ! 二人いつの間に連絡先交換したと!?」
焦る榛名を見て、霧咲と桜は同時にニヤニヤと笑った。
亜衣乃はさっきまで土産屋でみやざき|犬《けん》グッズを霧咲に沢山買ってもらってはしゃいでいたが、なんだか今は泣きそうな顔をしている。そして、無言で桜に抱きついた。
「桜お姉ちゃん、優しくしてくれてありがとぉ……」
「え!? そんな、亜衣乃ちゃんたらそんなの当たり前よぉ、またいつでも遊びに来ていいかいね? 一人でも泊まりにきてね」
「うん……っ」
桜に一番懐いていた亜衣乃は、別れが淋しくて泣いているようだった。亜衣乃につられて桜も、榛名もぐずっと貰い泣きしてしまう。
榛名たちは、次は両親に向き合った。
「お父さんとお母さんもありがとう、短い間やったけどお世話になりました。……お父さんは糖尿病が悪化して透析にならんように、食生活気を付けてよね。お母さんは食事管理が大変やろうけど、わからんかったら相談に乗るから、いつでも電話して」
「あらま、暁哉からそんな言葉が出るとはねぇ……」
「俺だって毎回電話が結婚の催促やなかったら、別に邪険にはせんかったとよ! 普通の会話して、普通の」
「その節はごめんなさい~」
霧咲も榛名の隣で、両親に深くお辞儀をした。
「私と亜衣乃も大変お世話になりまして、本当にありがとうございました。暁哉君とはまだ籍も入れていないのに、息子として扱ってもらえてすごく嬉しかったです」
「そんな、霧咲さん。……末っ子長男で甘やかして育てた息子ですけどね、どうかよろしくお願いします。その、色々大変かと思いますけど……」
「はい、一生大事にすると誓ったので」
「……!」
家族の前でそんなはっきりと宣言されて恥ずかしい……恥ずかしいのだけど、やはり嬉しかった。榛名は照れ隠しにきゅっと下唇を噛んだ。
父は照れているのか母に同意して頷くばかりで特に何も言わず、ただ霧咲に握手を求め、ぎゅっと強く握っていた。(その姿がツボに入ったのか、霧咲は少し笑いを堪えているようだった)
そして、泣きやんだ亜衣乃が元気よく言った。
「おじーちゃんとおばーちゃんもいつでも東京に遊びにきてね! 今度は亜衣乃が東京を案内してあげるから!」
「ありがとう亜衣乃ちゃん、足腰が元気なうちに絶対に行くからね。スカイツリーに行ってみたいとよね」
「そんなのお安い御用だよ! ね、まこおじさん!」
「お前が案内するんじゃないのか? ……まあいいか。亜衣乃の言う通り、いつでも遊びに来てくださいね。それか今度一緒に旅行でも行きましょう」
「旅行! いいですね、温泉旅行どうですか?」
「ええ~!? また温泉~!?」
旅行話には両親よりも榛名が先に食いつき、また温泉に入りたいという榛名に亜衣乃が呆れた声を出した。
「さ、そろそろ時間だ」
「はい。――じゃあお父さん、お母さん、お姉ちゃん、またね」
見送りは保安検査場の入り口までなので、中に入る直前まで、榛名は家族に手を振った。
生きているうちにあと何回会えるか分からない、自分たちのことを受け入れてくれた両親にこれからは積極的に親孝行をしよう、と胸に誓いながら。
番外編・宮崎観光編【完】
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